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これ以上深入は・・・

 ここは決しておすすめしないページです。
それで病み付きになっても当方は一切責任を持てませんので・・・・


1.こんなのご存じですか?

『くるまマイスター検定』

http://www.meister-kentei.jp/car/index.php

オートバックスセブン、オリエントコーポレーション、日刊自動車新聞社が協賛し、アムラックストヨタが協力、メディアパートナーとしてベストカーが名を連ねてます。

 国家検定でもなく、これをパスしたからと言って何のメリットもありません。
ただの自己満足。
締め切りが間近です!

 間もなく還暦+2才の結論
人生でどれだけ自己満足出来たか?
それが幸せの尺度だと悟りました。


2.素敵なサイトを見つけました。

 『トヨタ自動車75年史』
http://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/vehicle_lineage/family_tree/index.html

なんと'36年のトヨダAAからのカタログが全ページ見られます!
マイナーチェンジ毎に全て載ってる訳では有りませんが、スペックも確認出来ますので見るだけでも面白いかと・・・


 情報の投げっぱなし。
後は自己責任でお願いします。

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三菱 ニュー ギャラン ( MITSUBUSHI New GALANT )【A112・114・115】

0 A110A 表紙_R


三菱重工から分離独立した三菱自動車を業界3位に導いた立役者、ギャランは‘73年6月にモデルチェンジした。
このモデルからは『コルト』の名称が消え、単に『ギャラン』と呼ばれる様になった。
ボディーサイズは全幅120mm、全幅が40mm大きくなったがホイールベースは4,200mmと変わらず4枚のドアはサッシュ部分こそ変更されていたがドアパネルは初代と同じに見える。
ショルダーとサイドのプレスラインも変更が無かった様で、初代ではリアドアの後端で少し跳ね上がりDピラーを通ってトランク側面からボディ終端まで連続していたが、このモデルはドアの跳ね上がりがDピラーに繋がり、そのまま駆け上がりフェードアウトする不自然な仕上がりに感じられた。
 これをフルモデルチェンジと見るか大規模なマイナーチェンジと見るかは見解が分れる処だが、メーカー届出の型式はA51.52からA112.114.115と変更されているので2代目と見るのが順当と思われる。

1 A112A 1600GL_R

2 A112A 1600GL r_R

3 A114A 1600GL inp_R

4 A114A 1850GL_R

5 A115A 2000 GSⅡ_R

6 A112A 1600Cut_R

7 A114A 1850SL_R


 構造的には基本キャリーオーバーなので殆ど変更がなかった。
見た目には大きくなり内装も豪華になり、特にこの頃の三菱はシートにお金を掛ける様になっていた。
表皮がビニールからファブリックに代わったには他社も同様だが、上級グレードにはランバーサポートとシート全体の角度を変えるチルトシートが装備されていた。

21 A114 ランバーサポートt_R

22 A114 チルトシート_R


 またコルトから継承されたトランクリッドアンテナも健在だった。

9 A112A トランク_R

 初代はセダンが先行発売され、その後にハードトップ、GTO更にはFTOと展開されたが、ニューギャランはハードトップがセダンと同時に発売された。
 デザインはセダン以上に大きく変更され、リアガラスが左右に大きく湾曲して後方視界が改善された。
これはホイールベースをそのままにグリーンハウスを大きく取るねらいも有ったと思われる。
ギャランの最大の魅力シャープさ軽快さは失われゴージャス感が強調されていた。



11 A114H 1850GL_R

12 A114H 1850GL int_R

13 A115H 2000 GSⅡ_R

14 A112H 1600 Dx_R


 エンジンは初代から引き継いだ4G23型サターン1600ccとGTOに先行搭載された4G52型アストロン2000cc、そのボアを3mm縮めた4G51型1850ccが搭載された。
4G51型の正確な排気量はボア81.0mm×ストローク90.0mm 1855ccで他社なら四捨五入して1900ccと表記する処だが、そこはお堅い三菱。律儀に1850と半端な表記になっていた。

23 MCA-Ⅱサターン_R


 排気ガス対策はMCA(MITUBISHI CLEAN AIR SYSTEM)と名付けられた物で、基本的にはEGRで燃焼温度を下げて排気マニホールドに空気を送り込んで未燃焼ガスを燃焼させ、NOx等の有害物質は触媒で処理する当時最も一般的なシステムだった。


24 MCA-Ⅱサターン-1_R

25 MCA-Ⅱサターン性能曲線_R


 足回りも基本的には初代と同じだったが、タイヤにコストダウンの跡が見受けられる。
初代は1300のスタンダードも含め全て6.15-13-4PRのロープロフィールタイヤだった。
ニューギャランはアストロン搭載モデルの標準が6.45-13-4PRでスポーツタイプがA78-13-4PRになっていたが、1600は6.60-13-4PRとこの時代にしてもプアなタイヤを履いていた。
三菱にはギャランの下にランサーをデビューさせ、新型を1クラスアップさせる思惑も有った様だが、ホイールベースがそのままでは14インチ化が難しかったのだろう。

 ‘73年前後は石油ショックと排気ガス規制のダブルパンチで、各メーカーともその対策に追われ、資金的にも苦しかった事は容易に想像できるが、それを差し引いてもニューギャランは初代の革新的とも言えるデザインや標準エンジンでも他社のスポーツタイプを凌駕する技術等、ユーザーが期待する先進的なイメージが失われて初代程のヒットには至らなかった。


26 A115H 広告_R

27 A110 装備_R
サムネイル 装備

28 A110 スペック_R
 サムネイル 仕様

29 A114A 四面図_R
 サムネイル 4面図


  【余計な話】

 トヨタの初代コロナマークⅡ1900の排気量はボア86mm×ストローク80mm 1858ccでギャラン1850との差は僅か3ccでした。
もう少し時代を遡り3代目PT41コロナ1350の3P型エンジンはボア76.6mm×ストローク73mm 1345cc。
HONDA145はボア72.0mm×ストローク88.0mmで1433cc。旧プリンス自動車系のG18型はボア85mm×ストローク80mm 1815cc、いすゞベレット1300のG13型はボア、ストローク共に75mmの1325cc等々・・・

 通常、公称排気量よりも実際の排気量の方が若干少ないものですが、日本の税制が軽自動車以外は500cc刻みなのでその中間の排気量は多少差が有っても問題は無い為メーカー独自の判断で決められる様です。
例外として1600ccはその排気量を超えるケースは希です。
これは国際的なレース等でのクラス分けが1600cc未満というケースが多い為だと思います。

 それにしても三菱のネーミングはホンダに負けず劣らず変化が激しくリバイバルも多い・・・
コルト→コルトギャラン→ギャランΣ・Λ→シグマと来てエテルナΣ・Λと増殖して再びギャラン。
コルトは4系列有るが、その内のファストバック系は800~11Fで一度消滅してから2002年に復活して13年には再び消滅。
 最近はミラージュがミラージュディンゴになって消滅した後、タイ生産で戻ってきたが、これならデザインだけでも初代を継承して欲しかった・(-_-;)
三菱関係者の皆さん、ゴメンなさい。
創業当初のあの勢いを、情熱を取り戻していただく事を切に願っています!

Big Rotary マツダ ルーチェ MAZDA LUCE/RX-4)【LA22・33】

0 Big Rotary



2代目ルーチェの発売は‘72年11月の東京地方を皮切りに、順次各地方での販売を開始した。
 大胆に変身した新型はアメリカ風で押し出し感が強く、ヨーロッパでも好評だったジョルジェット・ジユウジアーロの優雅なラインの面影は何処にも無かった。
メカニズムの面でも初代SUA型もモデルチェンジと言うよりも、むしろカペラとの関連性が強く感じられた。

 その激変したデザインによりボディサイズはかなり大きく感じられたが、セダン同士で比較すれば初代1800は全長4370mm、全幅1630mm、全高1400mmで、新型が全長4240mm、全幅1660mm、全高1410mmと見た目ほどの差では無かった。
ただこの時代のマツダ車らしく、トレッドは初代の前輪1330mm後輪1320mmに対して2代目は前輪が1380mm後輪1730mmとかなり広く、新登場のハードトップは全高とトレッドの数値が同じだった。

1 LA2 HT GSⅡ

2 LA2 HT GSⅡin

3 LA2 HT GS

5 LA2 cut GR

7 LA22 sd GR.

8 LA2 sd RX


 ボディータイプは2ドアハードトップと4ドアセダン、セダンのボディーにハードトップのノーズを組み合わせたカスタムの3タイプ。
グレードはハードトップが他社ではスタンダードに当たる標準車、SX、GS、GSⅡ。カスタムがGR、GRⅡ。セダンには標準車、RX、GRがあった。
 また全タイプに低公害仕様のAP(Anti Pollution)が設定され、ハードトップにはGSⅡ、カスタムにはGRとGRⅡ、セダンにはGRがあり、カスタムのGRⅡには足回りを固めたA仕様と標準のB仕様が有った。



 エンジンは当初ロータリーの12A型だけで、基本的にカペラやサバンナと同じ排気量573cc×2 、120ps/6500rpm、16Kgm/3500rpmの12A 1型と吸排気系の改善と点火時期でチューニングした130ps/7000rpm、16.5Kgm/4000rpmの12A 3型。
 排気ガス対策をしたAPは115ps/6500rpm、15.7Kgm/3500rpの12A 4型と125ps/7000rpm、16.2Kgm/4000rpmの12A 5型が搭載されていた。
(12Aの2型はカペラGSⅡに搭載された125ps/7000rpm、16.3Kgm/4000rpm)

9 LA2 12A 性能曲線



 トランスミッションは最終減速も含めカペラと基本的には共通の4速MTが基本でハードトップGSⅡとカスタムGRⅡのみ5速だった。
APシリーズはREマチックと名付けられたオートマチック専用仕様で、日産と東洋工業が共同出資したJATOCO製の3速ATが搭載されていた。ギヤ比は1速2.458、2速1.458、3速1.000、後退3.182でスカイラインやローレル、セドリック/グロリア、フェアレディ240Z等と同じだった。

 足回りは前輪が初代のダブルウイッシュボーンからカペラと同様のストラット・コイルスプリングに、後輪は逆にカペラの4リンク・ラティラルロッドではなく、時代を逆戻りする様なリジッドの半楕円リ-フスプリングになっていた。
ハードトップとカスタムのGRⅡには、後輪のリ-フスプリングのたわみを抑えて位置決めを安定させる2本のリンク、トルクロッドが追加されていた。

 タイヤは全てチューブレスで、セダン全グレードとハードトップのSX以下は6.45-13。ハードトップGS、カスタムGRにはB78-13-4PR、ハードトップGSⅡとカスタムGRⅡにはルーチェ専用に開発されたB70-30の超扁平クロスプライタイヤが標準で、ラジアル並のコーナリングパワーとクロスプライの乗り心地と静粛性を持つと説明されていた。
この2グレードにはオプションとして195/70SR13のラジアルも用意されていて、ホイールも他グレードの5Jより幅の広い5.5Jだった。

9 LA2 RE 仕様


10 LA2 VG型エンジン



 ‘73年4月にはレシプロエンジンを搭載した1800シリーズが追加発売された。
初代のSUA型にもボアが1500と同じ78mmでストロークを78mmから94mmに伸ばした1796ccがラインナップされていたが、LA22に搭載されたエンジンは同じクロスフロー吸排気タイプのOHCで80mm×88mmの1769cc。出力はSUA型の100ps/5500rpm、15.5Kgm/2500rpmから110ps/6000rpm、15.8Kgm/4000rpmとややパワーアップされて高回転型になっていた。

11 LA2 1800 HT GF

13 LA2 1800 cut GL

14 LA2 1800 sd 1800GL

 装備一覧を見るとマツダ車らしく安全に手抜きはなく、安全合わせガラスに衝撃吸収ステアリング、リアの熱線プリントデフォガー、前輪ディスクブレーキ等が全グレードに標準装備され、例のウインドウシールド式ラジオアンテナも全グレードの採用されていた。

18 LA2 1800 仕様
19 LA22 1800 4面図


20 LA2 AP 50年規制

 ‘73年5月
ルーチェAPは昭和50年排気ガス規制をパスして低公害車優遇税制適合第1号として発売された。
これは同時に世界で初めてマスキー法をパスした市販車でもあった。
(技術発表はホンダのシビックCVCCが先だったが、シビックの販売は‘73年12月13日)
 排気ガス対策が施された12Aエンジンの出力は標準タイプが120ps/6500rpm16.0Kgm/3500rpmで5ps、0.3Kgm上げながら最大トルク発生回転数は500rpm低くなり、高出力タイプは130ps/7000rpm、16.5Kgm/4000rpmで5ps、0.2Kgmパワーアップしていた。

21 LA2 AP HT GSⅡ

21 LA2 AP HT GSⅡ inp

23 LA2 AP カスタム GSⅡ


 日米で強化される排気ガス規制に対して殆どのメーカーはパラジウム等の貴金属を使った触媒で対応しようとしていたが、東洋工業と本田技研は大手に先駆けて別の低公害システムを世に送り出した。
 ロータリーエンジンはレシプロエンジンに比べて燃焼温度が低くNOxの排出量が少ない。逆に排気ポートの温度は高いので酸素を送り込めば点火装置等無くても燃え残っているCO、HCは再燃焼してCO2とH2Oになる。
東洋工業の排気ガス対策システムREAPS(リープスRotary Engine Anti Pollution System)は、排気ポートにエアポンプで空気を送り込み、その直後に設けられたサーマルリアクター内で未燃焼ガスを燃やす。それにブローバイガス還元装置(燃焼室からクランク室に漏れ出す未燃焼ガスを燃焼室に戻す装置)やガソリンタンクから大気中にガソリン蒸発するのを防ぐ燃料蒸発制御装置等を組み合わせ物だった。

28 REAPS サーマルリアクター


 サーマルリアクターは水冷エンジンの様な二重構造で、ウオータジャケットに当たる部分をエアポンプを共用して冷す仕組みだ。
高温になる床下のサイレンサーは金網のカバーが設けられ、更にテールパイプの直前には外気を吸い込み排気温度を下げて排出するデュフェーザーが追加されていた。
 ルーチェAPテールパイプはかなり特徴的で、大きな弁当箱の様な物とその下にはやや小径の丸いパイプの2本が突き出していた。

25 LA2 AP sd GR

  断面が長方形の物は通常のエンジンよりも多くなる排気に対応するだけではなく、表面積を広げて排気温を下げる狙いが有り、丸い方はサーマルリアクターを冷やした空気を排出する為の物だった。
APの最終排気温度は未対策のものより40℃程低かったそうだが、途中配管の温度はやはり高く、サイレンサーにカバーを設けても草原に車を停めたら枯れ草が燃え出したというアクシデントが発生して、メーカーは注意を呼びかけていた。

29 LA2 AP 仕様


 同じ‘73年12月には654cc×2の13B型ロータリーエンジンを搭載したグランドツーリスモシリーズとワゴンが追加され、1800にもAPが追加発売された。
エンジン型式はB型だが、これは12A型のローター幅を拡大した物で、ルーチェロータリークーペ(MP13)に搭載されていたローターを円周方向に拡大した13A型とは全く別物である。



30 AP HT GT
 
  またこの時点からそれまでREマチック専用設定だったロータリーAPにも4速と5速のMTが追加され、グランドツーリスモ専用の5速MTには乾燥単板クラッチにトルクグライドと名付けられた流体カップリングが組み合わせてあった。
これはトルコンと同じ様な働きをする物で、ロータリーエンジンの低速トルク不足を補い、振動を低減する効果があった。
この機構によりエンジンとミッションは直結されず、駐車時にギヤをどのポジションに入れてもプロペラシャフトや後輪が固定されない為、MTにも関わらずATの様にシフトノブにはPのポジションが表記されていた。
 この時点でREマチック専用だったロータリーAPにもMTが設定された。
レシプロの1800も50年規制をクリアしてルーチェは世界中で最も豊富なバリエーションを持つ低公害車になった。

31 トルクグライド


 その後‘74年4月にはグランドツーリスモシリーズにATを追加し、11月にはREAPS4に発展させて燃費を改善した。


 ‘75年10月のマイナーチェンジと同時に51年排気ガス規制をクリアし、セダンはカスタムに統合された。


40 LA3 13B REAPS

41 LA33 HTAP 51

42 LA2 1800AP カスタム 51


‘77年10月に3代目となるルーチェレガート(LA4)が発売された後も継続販売されていたが、翌年に終了した。


 改めてカタログを見れば、至る所に【MAZDA ROTARY ENGINE LICENSE NSU-WANKEL】の文字が見えます。
NSU-WANKEL(現在のアウディ)との契約はかなり不平等な物で、東洋工業は当然NSU-WANKELにライセンス料を支払って開発をしていましたが、NSU-WANKELは東洋工業が開発した技術を無条件で使える契約になってました。
 でもロータリーエンジンを商業ベースに乗せたのは世界中で東洋工業、MAZDAだけです。



 【余計な話】

 またまた長い開店休業でした・・・

 2代目ルーチェに取りかかったのは盆休みの頃でしたが、雨にも風にも、夏の暑さにも負け続けて快適な秋も過ぎ、晩秋と言うよりもこちらはスタッドレスに履き替える季節!
何時再開するとも判らないサイトにご訪問頂いた皆様には本当に申し訳なく思っております。

 書く時間は幾らでも有ったのですが、いまいちノリが悪くて・・・
マツダはワタクシの苦手なディーラーでした。
当然カタログも少なく、いざ書き始めると色々思い出して書き直し。
本当はもっとサラリと簡単に書こうとは思っていたのですが、資料を漁ってると次々に疑問が出てきて調べ直し・・・

 記憶は時として思い込みで固められ、段々自信が無くなって途中でギブアップ!
思い余って相手の迷惑も省みず、片っ端から連絡を取りお陰様でどうにか書き上げました。
「こんだけ待たせてこの出来?」
そう言わずにアタタカイ目で見守ってやって下さいませ・・・(^^;)

 資料及び情報を提供頂きましたCTさん、N2さん、ありがとうございます。
お騒がせ致しました・・・<(_ _)>

ケンとメリーのスカイライン 2 (DATSUN 180K.240K)2 【C111】

1 C111 1800スポーティGL



 75年5月以降、排気ガス規制の強化に対応して順次4気筒エンジンがG型からブルーバードと同じL型に換装され、型式もC110からC111に変わった。
日産は排気ガス対策で出遅れ、時間的な門
題やコストを考えればやむを得ない事ではあるが、これでプリンス時代からの目に見える遺産は消えてしまった。
 2000GTシリーズのエンジンはL20のままだったが、パワーダウンを補うためにEGI(電子制御燃料噴射)仕様が追加された。

 この対策に伴うマイナーチェンジでは外観上の変更はあまり大きくなかったが、4気筒シリーズのヘッドライトに2000GTと似た様な角形のトリムが追加され、フロントグリルのスリットがハニカム状に物からかつての縦目グロリアを思わせる様な格子が交差する部分がキラキラ光るデザインになった。
 2000GTシリーズはフロントグリルが二分割された物から一体型で真ん中に横一本のモールが入り、大き目のオーナメントはそれまでの4気筒シリーズと同じ様だが、十字型のモールが縦一文字の二重線に変わっていた。


2 C111 1800スポーティ   1800スポーティGL

3 C111 1600スポーティGL
1600スポーティGL

4 C111 1600スポーティ
1600スポーティ デラックス

5 C111 HT 1600スポーティGL  ハードトップ 1600スポーティGL

5 C111 HT 1800スポーティGL
 ハードトップ 1800スポーティGL


9 C111 仕様


11 C111 HT 2000GTX-E Sタイプ  ハードトップ 2000GTX-E Sタイプ

12 C111 HT2000GTX-E  ハードトップ 2000GTX-E


13 C111 2000GTX-E  2000GTX-E

15 C111 2000GT-E Lタイプ 2000GT-E Lタイプ 

14 C111 2000GTX-E   2000GTX-E

25 C111 HT 2000GTX-E Sタイプ 2  ハードトップ 2000GTX-E Sタイプ

26 C111 2000GTX-E Sタイプ inp   2000GTX-E Sタイプ



 日産の排気ガス対策システム名はNAPS ナップス
(Nissan Anti Pollution System 日産公害防止システム)
カタログには『5年の歳月と500億の巨費を投じた日産技術力の決勝です』と誇らしげに書かれているが、端的に言えばEGR(Exhaust Gas Recirculation 排気ガス循環)で燃焼温度を下げる事によりNOxを減らし、触媒コンバーターで未燃焼ガスを燃焼させる方式で、結局は他社の後追いをしただけの物だった。
 当時の出力表示はエンジンを殆ど単体で測定する物だったため、カタログ表記上は出力の低下は無く、FGI仕様では5ps・0.5Kgm向上した事になっているがマフラー手前に追加されたコンバーターはガスの抜けが悪く、車載状態では明らかな出力低下が有った。

 


27 C111 NAPS


 ケンメリスカイラインはもはや特別高性能な車では無くなってきていたが、その日本人好みのデザインと熱心なファンに支えられ、歴代最大の販売台数67,365台を記録し栄光のイメージは消える事がなかった。

30 C111 ’76 Tシャツ

31 C111 志賀高原




  【余計な話】

 その昔、同僚がケンメリGTで岩手県の観光地、八幡平を上れなかったと聞いたのはショックでした。
この頃から“技術の日産”がかけ声ばかりになって来た様に思えます。
プリンスが吸収された際に多くの技術者達が去り、その遺産を使い果たしたのだと言う事なのでしょうか?

 ケンメリスカイラインと言えば設計者櫻井眞一郎氏の想いとは裏腹に、改造車の代名詞にさえなっています。
シャコタンに巨大なウイングに出っ歯、果ては竹槍等々・・・
 販売台数も多く、未だに人気があると言う証明の一つにはなるかも知れませんが、つまらない自己主張の道具にされるのには憤りと悲しみを覚えます。
私は現役時代を知らない若者に是非このインタビューを読んで頂きたいと思います。


32 櫻井眞一郎氏に聞く 111

33櫻井眞一郎氏に聞く 112

33櫻井眞一郎氏に聞く 113

34 櫻井眞一郎氏に聞く 114



ケンとメリーのスカイライン1. (DATSUN 180K.240K 1.)【C110】

0 C110


 大ヒットとなったC10型、通称“箱スカ”の後を受けて、‘72年9月C110型通称“ケンとメリーのスカイライン”が発売された。
基本構造は先にフルモデルチェンジしたC130ローレルと同じで、櫻井眞一郎氏の作品だ。
 ボディサイズが拡大され、デザインもそれまでの無骨なものから曲線を取り入れた高級志向のものに変わった。
 当時の日本は高度成長期の真っ只中で人々の生活にも余裕が生まれ、国産車はモデルチェンジを機に大きくなり豪華さを強調する傾向があった。
中にはこれでもかと言う程に装飾過剰なモデルも多数有ったが、C110は新しい時代を感じさせる個性的で、サイドを走るサーフィンラインも引き継がれていた。
新しい時代のスカイラインは人々に好意的に受け入れられた。

 この4代目では4気筒モデルのハードトップと6気筒の2000GTにはプリンスのS54以来の丸形テールランプが復活し、以後歴代スカイラインに継承されていった。

1 C110

2 C110 1800スポーティDx    1800スポーティDx

3 C110 1600スポーティDx 1600スポーティDx

4 C110 1600スポーティGL 1600スポーティGL

5 C110 1800スポーティGL inp

5 C110 スポーティGL int スポーティGL

6 C110 1600スタンダード 1600スタンダード


 エンジンは先代からのキャリーオーバーだが、プリンス自動車の血を引くG15型80.0mm×70.2mm 1483cc 88ps/6000rpm 12.2Kgm/4000rpmはボアを85mmにアップした1593cc G16型 100ps/6000rpm 13.8Kgm/4000rpmに変更された。
1800と2000GTは引き続きG18とL20が搭載されていた。

7 C110 G16エンジン

 足回りも先代からのキャリーオーバーで前輪マクファーソン・ストラット・コイルスプリング、後輪は4気筒がリジッド・リーフスプリントで、6気筒の2000GTがセミトレーリングアーム・コイルスプリングに依る四輪独立縣架だ。


8 C110 装備

8 C110 安全装備



 乗用車仕様のワゴンはリアサイドウインドウを廃止してボディと一体のパネルという個性的なデザインだった。
バンも同じスタイルで商用車らしからぬデザインが好評を博した。
この時代バンとワゴンはリアサイドウインドウに荷物が当たらない様にバーが装着され、他はリアシートの違いだけというモデルが圧倒的に多かったが、スカイラインはワゴンのリアゲートに木目パネルを貼る事で視覚的な差別化を図っていた。

6 C110 1800ワゴンスポーティGL 1800ワゴンスポーティGL

7 C110  バン バン1600


10 ケンとメリー72 秋



12 C110 HT1600スポーティGL HT1600スポーティGL

11 C110 HT1800スポーティーGL HT1800スポーティーGL

11 C110 HT1800スポーティーGL int HT1800スポーティーGL

13 PC110 HT1800ポーティGL 特別色 HT1800ポーティGL 特別色

15 C110 オプション


20 ケンとメリー 73春



21 KGC110 HT2000GT HT2000GT

22 C110 HT2000GT-X 白   HT2000GT-X 
ハードトップのボディーカラー・ホワイトにのみショルダーラインを強調するピンストライプが入っていた

22 C110 HT2000GT-X HT2000GT-X

23 C110 2000GT 2000GT

24 C110 2000GT-X 2 2000GT-X

25 C110 2000GT- Lタイプ 2000GT- Lタイプ

25 C110 2000GT-Lタイプds 2000GT-Lタイプ



 スカイラインの好調を強力に後押ししたのは販社の日産プリンス自動車販売だ。
『愛のスカイライン』の大成功を受けて次に展開したのは『ケンとメリーのスカイライン』を前面に出した広告だった。
当初は愛のスカイラインの延長だったが、次第にケンとメリーが認知され、CMソングやTシャツが販売されるとたちまち大人気になった。
 以後このTシャツや各種グッズが毎年販売される様になり、若者の間ではケンメリグッズを持ち歩くのが流行した。
‘73年夏に展開された “ケンとメリーはゴミを捨てません” キャンペーンは、車の広告とは思えない様なもので、配布したロゴ入りのダストバッグを若者達だけではなく子供や主婦までもが争う様に求める騒ぎになった。
このダストバッグは182万個も配布され、日本人の道徳心までも変えてしまう程の社会現象になっていた。

27 ケンとメリー 73夏

28 C110 ’73 Tシャツ 2

28 C110 ’73 ゴミ持ち帰りc

28 C110 73キャンペーン


  ‘73年1月にKPGC110型GT-Rが発売された。
レーシングカーR380の心臓GR8を改造したS20型エンジンをはじめ四輪ディスクブレーキにサーフィンラインを押しのけるオーバーフェンダーにリアスポイラー、専用のバケットシート等で武装されていた。
  しかし排気ガス規制の高まりで伝家の宝刀S20型エンジンも牙を抜かれて戦闘力を失っていた。
2代目GT-Rの販売は僅か4ヶ月間でその数は197台だった。

31 KPGC110

32KPGC110.jpg

33 KPGC110 cokp

34 KPGC110 S20エンジン


スカイラインのスポーツ活動はGT-Rばかりが脚光を浴びるが、このケンメリスカイライン1800はラリーでも活躍していた。

36 C110 73ラリー

9 C110 仕様

9 C110 HT 仕様

29 C110 2000GT 仕様



  【余計な話】

 昭和47年。週刊誌で“次期スカイラインがローレルと同じ車になるらしい・・・”と報道された時、
スカイラインもグロリアと同じ運命か?
ローレルとバッヂ違いのつまらない車になるのかと大いに心配したが、発表されたのはC10よりも洗練された車だった。
  大柄で柔らかなラインはS54やC10の男っぽさは影を潜めていたが、張りのあるクォーターピラーや大胆なサーフィンライン、そしてG型エンジンが継承された事でホッとしました。
 改めてみる新型は、タイムを競っていたアスリートが引退して、恋人や家族を大切にしながらスポーツを楽しむスマートな男。そんな雰囲気を感じました。

  それにしてもケンメリ現象は凄かった。
日本人が一歩踏み止まり、先を争うより社会、自分以外の人を意識する切っ掛けを作った車だったと思います。


どうでも良い事ですが・・・・
このケンメリの4気筒セダンは映画『遙かなる山の呼び声』の中で、刑事が高倉健さんを捕まえに来るシーンで使われていましたね。

トヨペット コロナマークⅡ(TOYOTA CORONA MARKⅡ)【RX10.20 MX10.20】

1 X20 HT 2000L



  マークⅡが初めてのフルモデルチェンジしたのは‘72年1月のこと。
それまでのRT40型コロナのイメージを残した直線的なものとは打って変わり、曲線を多用したデザインになった。
 名前は前型と同様トヨペット コロナマークⅡだが、型式はコロナ系を表すTからXに変わり、4気筒モデルはセダンがRX10、6気筒モデルはMX10、ハードトップがRX20とMX20となり、コロナとは別の型式になった。

 ボディサイズはライバルの日産のローレルよりやや小さいが、4気筒セダンで全長4,325mm(+30mm)全幅1,625mm(+20mm)全高1,370mm(+10mm)ホイールベース2,585mm(+75mm)。6気筒のLシリーズは全長が更に205nn長い4,420mmと大きくなり、コロナの兄貴分と言うより、クラウンの弟分とも言えるものだった。
 スタイルは4ドアセダンと2ドアハードトップ、それにワゴンがあり、バリエーションにスタンダードは存在せず、キャリーオーバーされた6R型1700ccにはデラックスのみが設定された。
主流は8R型1900ccからボアアップされた18R型2000ccで、日産のスカイライン2000GTの好調に刺激された様に追加された6気筒LシリーズにはクラウンのM型エンジンを搭載していた。
4気筒モデルとLシリーズの外観上の違いはフロントグリルが前に突き出し、ラジエーターグリルを中央で左右に分割するようなデザインで、全長の違いはこのデザインの差だった。


2 X10 セダン 2000L
 3 X20 HT 2000GSL
 4 X20 HT 2000GSS
 5 X20 HT デラックス
 

足回りの前輪はダブルウイッシュボーン・コイルスプリングで変わりはないが、後輪はリジッド・リ-フスプリングからラテラルロッド付き4リンク・コイルスプリングへと進化した。
 
8 X10 mec



 ‘73年8月には初のマイナーチェンジが実施され、1700ccのデラックスのエンジンが6R型をボアアップした16R型1800ccに換装された。
これに伴い車輌型式がセダンはRX10からRX11、ハードトップがRX20からRX21、ワゴンがRX26からRX27に変更された。


21 X20 HT2000 LG

22 X10 2000 LG

25 X20 HT2000 Lシリーズ

26 X20 2000 GSS

26 X20 GSS sus

27X20 HT2000 4気筒

28 X10 2000GL

28 X10 2000GSL

29 X10 エンジン



 翌‘74年8月のマイナーチェンジでは顔が大きく変わり、4気筒シリーズはラジエーターグリル中央に三角柱状の造形が加えられ全長が55mm伸ばされて4,435mmに、シリーズはフロントグリルが更に15mm突き出し4,380mmになった。
 またコロナのマークが4気筒はラジエーターグリル残されたが、Lシリーズはボンネット前端に移された。

30 X20 HT LG

31 X10 LG

31 X20 LG int

33 X20 HT GSL

34 X20 GL

36 X27 W L



  強まる排気ガス規制に対して、トヨタは『複眼の思想』と称してホンダから技術導入したCVCCを使ったTTC-V(TOYOTA Total Clean-Vortex)や、希薄燃焼システムのTTC-L(TOYOTA Total Clean-Lean Burn)等、数種のシステムで模索していたが、マークⅡに対しては触媒式の“TTC-C”(TOYOTA Total Clean-Catalyst)が採用された。
 後にこの方式はトヨタのメインシステムになり、他の方式はTTC-Vがコロナとカリーナの一部に、TTC-Lはカローラとスプリンターの一部に実験的に採用されたに過ぎない。


40 X20



42 HT 2000LG

43 X20 HT GSL

42 X10 セダン 

43 X20 HT GSL

45 TTC-C

46 RX12 4気筒シリーズ仕様

47 MX10 Lシリーズ仕様

48 RX12 2面図

49 MX10 面図 1




 こちらは輸出仕様のマークⅡです。

50 X10 e

51 X10 e

52 X10 e

53 X20 e

56 X20 spc

初代 スバル レオーネ (SUBARU LEONE) 【A21・22・24・25】      《2013年7月23日再編集》

0 A22 広告 野生の響き 



レオーネの誕生は'71年10月。
スバル1000→ff-1→1300Gと続くFF、水平対向エンジンの系譜です。
 最初に発売されたのはクーペ。その後4ドアセダン、2ドアセダン、エステートバン、ハードトップが相次いで発売された。
デザイン上の特徴はサッシュレスドア。
当時はハードトップの全盛時代だったが、強度、安全性の問題で4ドアハードトップもセンターピラーのある『ヒラードハードトップ』等という物が現れたが、レオーネと何ら違いは無かった。

  初代レオーネの型式は1100がA21で1400がA22。
スバル1000の型式がA12だったので名前もデザインも大きく変わったが、レオーネがスバル1100の後継モデルだった事が判ります。
 デザインはそれまでのシンプルなラインから一転して曲線を多用して威圧する様な押し出しの強い顔つき。
ボンネットのラインも特徴的で、真ん中が膨らんでいるので一見アーチ型に見えましたが、基本は外側から内側に落ち込む逆反りライン。
富士重工の合理性を追求したシンプルなラインは影を潜めていました。



クーペ-ss

1 A22 4Dr カスタム

5 A22 CUT インパネ

5 A22 CUT室内


1 A22 4ドアGL

2 A22 2ドアGL

3 A22 4ドア 1400GL

4 A22 サッシュレスドア

6 A22 Sツーリング3


 メカニズムは先代の流れを引き継いでいたが、デュアルラジエーターやインボードブレーキは廃止になり、一般的な電動ファン式のシングルラジエーターとアウトボードブレーキになっていた。
サスペンションも前輪はマクファーソン・ストラットにコイルスプリング、後輪のトーションバースプリングはスバル1000からの流れだが、リンクはトレーリングアームからセミトレーリングアームに変更されていた。
 基本キャリーオーバーながら、メカやデザインが一般受けする物に変わり、一部のファンからは『スバルらしさが薄らいだ』と不満が出た様だ。
 これはスバル360から歴代の1000シリーズを設計した百瀬晋六氏が担当から外されたせいなのか、逆に一般受けする車を造るために百瀬氏を外したのか?
結果的には多彩なバリエーション展開の成果もあってシェアを落とした軽自動車に取って代わり富士重工のメイン車種に成長していった。


7 A22 サス

 エンジンはスバル1000以来のEA型のボアアップした1100ccと1400cc。
後に1200と1600が登場したがいずれもストロークは1000と同じまま、ボアだけを広げている。
スバル1000のボア・ストロークは72×60で1600は92×60で実に20mmも広げられている!
(これはボディー幅に合わせてエンジンの横幅を広げられない事情も有ったのだが・・・)
 足回りはスバルの伝統(信念)で前輪はマクファーソンストラット、後輪はトーションバー(ねじり棒バネ)がアームを兼ねたセミトレーリングアームの4輪独立。
 当時の車はベストセラーのカローラやサニーはもちろん、マークⅡやセドリックだって後輪はトラックと同じ板バネの一体縣架。


 ブレーキホースはクロス配管で、前輪の右と後輪の左、前輪の左と後輪の右の2系統でより安全性の高い物だった。

7 A22 ブレーキシステム

7 A22 仕様 1

8 A22 4Dr 4面図

 '72年12月にはクーペRX発売された。
外観やエンジン等に違いは無いが、4輪ディスクブレーキを装着した初の国産車だった。

20 A22 広告72 RX


  続いて'73年6月にはハードトップが追加発売された。
ボディ下部はクーペと変わりが無かったが、フロントグリルは大きく変わり、大衆車クラス初の4灯式のヘッドライトを装備していた。

30 A22 HT

31 A22 ハードトップ GFT

32A22 ハードトップ GFT in

33 A22 ハードトップ GF

34 A22 ハードトップ FL

36 A22 HT 仕様

37 A22 HT 4面図

 その年の10月にはマイナーチジが行われ、セダンのフロントグリルは縦型から横型に変わり、更に一見フォグランプを思わせる角形のスリットが入った。
 クーペも縦型から細かく煉瓦を積んだ様な形に変わった。
セダン1100のマイナーチジは1ヶ月遅れの11月に実施され、エンジン排気量が1200ccになり、型式もA21からA25に変わった。

21 A22 クーペ RX

22 A22 クーペ RX E

22 A22 クーペGSR

23 A22 4Drカスタム

23 A22 セダン 2Dr1200GL・4Dr1400GL

24 A22 Sツーリング

25 A22 Sツーリング インパネ

26 A22 Sツーリング in

27 A22・25 仕様

28 A22 クーペ 4面図


 75年1月には二度目のマイナーチジが行われた。
セダンの1400カスタムとGL、それに4WDセダンにはハードトップと同じ4灯式ヘッドライトが採用されてカスタムにはスバル初の3速ATが追加された。
 
そして同時に待望の世界初となる量産型4WD4WDセダンが発売された。
マイナーチジで登場した1200の型式がA25で4WDがA22。
この事から4WDは早い時期から開発されていたであろう事が想像出来ます。


 既にバンには4WDが有り乗用車登録も可能だったが、このレオーネ4WDが現在のレガシィ、インプレッサ、エクシーガーへと続くスバルのシンメトリカル4WDの本格的展開の始まりだった。

40 A22・24 AT 4WD

41 A22 AT ブレーキモニター

42 A22 スーパーツーリング

42 A22 スーパーツーリング sid

45 A25 1200GL 1

44 A22 デラックス 1

45 A25 1200GL 1

46 A25 デラックス 1

47 A25 スタンダード 1


46 A24 4WD

47 A24 4WD m


48 A22・24・25 仕様





 レオーネを語る上で外せないのは'72年9月に発売されたエステートバン4WD。

東北電力の要請により、宮城スバルの技術者がスバル1000バンのボディーにブルーバード510のプロペラシャフトとドライブシャフトを組み込んだ手作りの試作車を工場のある群馬まで自ら運転していったそうです。
スバル1000はFF専用車で、プロペラシャフトを通すセンタートンネルが無かったため、シャフトは室内を貫通していたそうです。
 当時富士重工は日産と資本提携関係があったため、510のシャフトは正式に採用され、最終型レオーネの時代まで使われていました。

ET-V21-ss.jpg

エステートV 4WD



 2009年6月28日追記

私がスバルウイルスに感染させた甥っ子からの情報で4WD誕生秘話を追記します。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「富士重工業 技術人間史」より引用

一九七一年(昭和四十六年)三月、宮城スバルから一台の試作車が
富士重工へ持ち込まれた。中古のスバル1000バンに、ff-1の1100cc
エンジンを搭載した4WDであった。
この4WDバンは、東北電力本店配電部の錦戸清次(にしきどせいじ)の
提案によって、宮城スバルの常務・土方春男(ひじかたはるお)、
サービス課長・江川昭三(えがわしょうぞう)、サービス工場次長・
高橋栄二郎(たかはしえいじろう)たちが試作したものであった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 '80年11月には世界初の量産型フルタイ4WDのアウディムクワトロが発表されたが、富士重工がアウディに影響を与えた事は容易に想像できます。
 因みに、世界初4WD乗用車はイギリスの『ジェンセン FF MKⅡ』だと思います。
名前はFFですが、前輪駆動を『FF』と呼ぶのは日本だけらしいですね。 

ジャンセン-ss



 【余計な話】


 私が初めて買った新車が'72年2月発売のセダン1400GL。
足回りをのぞき込んだ後輩は、板バネとコイルスプリングしか見た事がなかったので
「バネが無い!」
と驚いていました。

 デザインは当時流行の“は虫類的”な押し出しの強い物で、決して良いデザインとは思いませんでした。
当時トヨタ スプリンターが
『美しくなければ車ではない』
とCM流してましたが、同僚達から
「レオーネは美しくないから車ではないわけだ」
と憎まれ口を聞きました。
でも外見だけで車を選ぶ人達なんて・・・

 サッシュレスウインドウは気に入ってましたが、ドアの閉まりは悪かった。
 窓枠が無いためボディとガラスの密着性を高めた結果だと思われますが、他の車なら気分を害するくらい強く閉めなければなりませんでした。
 また初期型は洗車機に入れて水を吹き飛ばすとフロントウインドウのセンターピラー側下端から強風と水しぶきが入ってきました。

 その後'75年に買ったモデルでは隙間が無くなってました。
 初期型と型式は同じでもフロアパネルは変更されていました。
初期のモデルはスバル1000程ではなくてもフロアがフラットに近く、後席に人を載せると足下の広さに驚かれましたが、このモデルは4WDモデルとの共通化だと思われますが、トンネルが大きくなりFR車と余り変わらない位の張り出しがありました。
  
 また何故か75年型はステアリングとウインドウガラスの巻き上げレギュレーターが重かった。
私のだけ個体差なのかとも思いましたが、同じ車に乗っていた同期も同様の不満を持ってました。
ステアリングはタイヤサイズの違い(615-13-4PR → 155R-86-13)なのかも知れませんが、巻き上げレギュレーターは原因が解りませんでした。

 '71年型の仕様書に手書きで書かれてる数字は、当時の秋田県店頭渡し価格です。

マツダ サバンナ (MAZDA RX 3) 【S102A・124A】

1 S102A 直感サバンナ


  初代サバンナはグランドファミリアのロータリーエンジンバージョンとして1971年9月に発売された。
当時東洋工業は『ロータリーゼーション』を標榜し、フルラインロータリーを目指していた。
発売当初のモデルはコスモスポーツのディチューン版、ファミリアプレスト ロータリークーペと同じ10A型の改良型で、吸排気系及びプラグ等が変更された491cc×2 105ps/7000rpm 13.7Kgm/3500rpmのみだった。
 ボディータイプはクーペと4ドアセダンが設定されグレードはクーペが下から他社のスタンダードに当たる標準車、SX、GS、GSⅡの4機種。セダンが標準車、RX、GRの3機種だった。
 ボディ骨格をはじめエンジン以外の殆どがグランドファミリアと共通だがヘッドライトがグランドファミリアの角形2灯式に対してサバンナは丸形4灯式。リアコンビネーションランプもグランドファミリアは角形でサバンナは丸形と差別化されていた。
 ボディパネルも殆ど共通だったが、サバンナのラジエーターグリルはグランドファミリアよりも前方に突き出していた為に全長は95mm長く4mを超していた。

1S102A クーペ GSⅡ

2 S102A セダンGR

S102A A10エンジン

  4速トランスミッションのギヤ比はグランドファミリアとは異なり、1~3速が低く最終減速比は逆に3.900から3.700に高められていた。
ガソリンタンクの容量はグランドファミリアの45Lに対して60Lとこのクラスとしてはかなり大きめで、コロナMKⅡやローレル、フェアレディZ等と同容量だった。

  足回りも同じ前輪マクファーソン・ストラット、後輪リ-フスプリングにバイアスマウントのド・カルボダンパーの組み合わせも同じだった。
ブレーキは全車前輪にディスクブレーキが装備され、タイヤも寒冷地仕様以外はチューブレスが標準に成っていた。


 ファミリア プレストと比べ、サイズは大きくなっていたが、重量差は見かけ程は無く、ファミリア プレスト ロータリークーペGSの835Kgに比べサバンナクーペ GSで875Kgと40Kgしか増加していなかった。
 最高速度はプレストと同じ180km/h。
0→400m加速はプレスト16.4secでサバンナが15.9sec(共に2人乗車時)で、重量増にも拘わらず性能は向上していた。

3 S102A リアサス

2 S102A 諸元



 翌‘72年1月には輸出専用モデルだったスポーツワゴンと12Aエンジンに3速ATを搭載したREマチックが発売された。
世界初のロータリーエンジン搭載ワゴンはグランドファミリアのバンをベースにした物で、エンジンや足回りは他のサバンナシリーズとほぼ共通だった。
グランドファミリアには乗用車仕様のワゴンの設定はなく、商用車との明確な差別化を図った戦略だった。

9 S124A AP・REマチック

3 S102W スポーツワゴン

3 S102W 前席

S102A タイヤ

S124A 12Aエンジン


  9月にはサーキットでスカイラインGT-Rの50連勝記録にストップをかけたRX-3の市販版、クーペGTが発売された。
エンジンは10Aのローター幅を広げた573cc×2の12A型でカペラと同型。出力は120ps/6500rpm・16.0Kgm/3500rpmだった。

 足回りはGSⅡに対してスプリングを強化し、前輪1.65Kg/mmから2.0Kg/mm 後輪は2.0Kg/mmから2.5Kg/mmになっていた。
5速ミッションはコスモスポーツやカペラGSⅡと同じ物が採用された。


3 S124A 広告


 ‘73年6月に安全対策を向上させたマイナーチェンジが行われ、リアランプが六角形に変更された。
7月には12AエンジンのREマチック仕様に、昭和50年排気ガス規制に適合したAPシリーズが発売された。

4 102A クーペ GSⅡ 2

4 S102A rサイドウインドウ

4 S102A rバイザー

4 S102A クーペ GSⅡ インパネ

4 S102A クーペ GSⅡ3

4 S102A クーペGSⅡ 前席

4 S102A クーペGSⅡ 透視図

7 S102A クーペ GS

7 S102A クーペ SX

7 S124A GT

8 S102A アンテナ

8 S102A セダンGR 2

8 S102A セダンRX


  排気ガス対策はレシプロエンジン同様サーマルリアクター方式だった。
ロータリーエンジンはレシプロエンジンに比べて燃焼室が扁平で面積が広い為に火炎が全体に伝播するには時間が掛かり、接触する壁面積が広く熱を奪われやすい。しかも燃焼室が移動するので更に熱を奪われ燃焼温度が低くなる。
 この結果NOxの排出量は少ないが、未燃焼ガスが多くなる。
この未燃焼ガスを排気管直後のサーマルリアクター内に導き、新鮮な空気を送り込む事によりHC、COを完全燃焼させるシステムだ。
方式は同じだがレシプロエンジンのCEAPS(シープス Conventional Engine Anti Pollution System)に対してロータリーエンジン仕様はREAPS(リープスRotary Engine Anti Pollution System)名付けられた。

9 REAPS サーマルリアクター


 11月にはマニュアルミッションに追加されたAP仕様もエンジンは全て12A型だった。
後にAPのGTはREAPS4仕様になり、未対策12Aの120ps/6500rpm・16.0Kgm/3500rpmに対して125ps/7000rpm・16.2Kgm/4000rpmとむしろパワーアップされていた。
燃費は悪化していたが、ロータリーエンジンの違った側面が垣間見えた気がします。

S102A クーペ 2面図

S102A 4ドア 2面図

S102W ワゴン 2面図

S124A 諸元

マツダ グランドファミリア (MAZDA 808・818) 【S102A・124A】

1SNA 表紙


1971年9月、マツダはファミリアシリーズの上級車としてグランドファミリアシリーズを発表した。
本来はファミリア・プレストのフルチェンジになるはずのモデルだったが、発売開始4年を経過しても好調な販売を背景にプレストは販売を継続してレシプロエンジンシリーズをグランドファミリア、ロータリーエンジンシリーズをサバンナとして販売を開始した。

 デザインはファミリアのシンプルなラインから曲線的になり、サイズはライバルのトヨタ・カローラやニッサン・サニーよりも長い3970mmで幅もカペラの1580mmを上回る1595mmもあった。
この数値はトヨタ・カリーナの1580mmや三菱ギャランの1560mmをも上回り、「車は横幅」と言う言葉が生まれる程だった。
グランドファミリアはサバンナとボディ共用していたが、フロントグリルとリアコンビネーション周りのデザインが異なり、グランドファミリアは角形2灯式でサバンナのヘッドライトは丸形4灯式。リヤランプもグランドファミリアの角形に対してサバンナは丸形で識別されていた。
またフロントグリルの突き出しがサバンナの方が大きく、全長はサバンナが95mm長い4065mmだった。


2 SN3A 4ドアGLⅡ 2


3 SN4A 4ドアGFⅡ

4 SN4A クーペGFⅡ

4 SN3A クーペGFⅡ インパネ

4 SN3A クーペGFⅡ 前席


  エンジンは当初プレストと同じ1300ccのみだったが、翌‘72年2月月にカペラと同じ1500ccを搭載したSシリーズが追加され、更に’73年11月にはそのSシリーズが1600ccに換装された。
排気ガス規制の強化に伴い、‘73年11月には1600のCEAPS(シープス Conventional Engine Anti Pollution System)仕様が加わった。
このシステムはシリンダー内混合機を濃くして燃焼温度を下げる事によりNOxの発生を抑え、COとHCは排気ポート直後の設けられたサーマルリアクターにエアポンプで空気を供給し、エンジンから排出された未燃焼ガスを燃やすものだった。

5 STC エンジン

6 SN4C CEAPS


  足回りは基本的にサバンナと同じで、前輪マクファーソン・ストラット コイルスプリング、後輪リ-フスプリングと一般的な物。
但しリアダンパーはガス封入のド・カルボン式で、右側がドライブシャフトの後、左側が前に取り付けられたバイアスマウントで、急発進時のワインドアップを押さえる作用が有った。

4 SN3A 透視図


他構造的にユニークな物としては接着ウインドーが上げられる。
それまではフロント及びリアのガラスをボディに装着する際にはゴムパッキンを使っていた。マツダはそれをモールとシールで直接ボディに固定した。その結果衝撃を受けてもガラスだけが外れる可能性が低くなり、表面の凹凸が減る事により空気抵抗、風切り音が減少する効果があった。
また安全ガラスを早くから採用していたマツダの新しい活用法として、フロントガラスに埋め込まれたラジオアンテナがある。
この当時は各社ともボンネット上に有る目障なアンテナを他の場所に移そうと試行錯誤をしていた。
最も一般的だったのは運転席側フロントピラーに取り付けるタイプで、これには外付けとピラーに埋め込むタイプがあった。
他には三菱がコルトギャランで実用化したトランクリッドを電気的に独立させアンテナとして活用した例があるが、マツダはフロントガラスのサンドイッチされた樹脂幕の中に極細のワイヤーをT字型に埋め込んだ。
これはよく見なければ判らない程度の物だが、アンテナを伸ばしたり縮めたりする必要が無く、折れる心配もない新しい技術だった。

SNA 埋込アンテナ



  基本サバンナと同じ設計のグランドファミリアは当時の車としては珍しくエンジンパワーよりも足回りの方が勝っており、コストパフォーマンスの高い車だった。
上級グレードにはディスクブレーキやZ78-13クロスプライタイヤやSR13ラジアルタイヤも装備されていた。
またロータリーエンジンに拒否反応を示す人達のためのサバンナとしての役目もあった様だ。


【余計な話】

 この時代は各社とも排気ガス規制対策で苦労していました。
この方式は触媒を必要としないメリットが有りましたが燃焼効率の低下は避けられず、カタログには『パワーダウンしない方法』と有りますが、残念ながら出力は10ps 1.0Kgm低下しています。
  ただ東洋工業の面目のため付け加えて置きますが、他社の排気管途中に触媒を装着するシステムはカタログ上の出力低下は見られませんが、当時の測定方法はグロス表示で殆どエンジンを単体で測定する物でしたから実際に車に搭載した場合とでは大きな差が出ます。
 この問題の解決策としてその後マフラー等
を装着した状態で測定するネット表示が義務づけられる様になりました。

STC 諸元

トヨタ パブリカ・スターレット (TOYOTA PUBULICA・STARLET) 【P40・42・45・47】

0 KP47 風車


  ‘73年4月に発売された初代スターレットは当初パブリカ スターレットと名付けられクーペバージョンとして登場した。
型式はパブリカのKP30に対してKP40。これは実質的に次期モデルだったと言える。(その後、排気ガス対策によりパブリカの型式はKP50になる)
 パブリカよりもやや大きいボディはジュジアーロが主宰するイタルデザインの作品で、コンパクトスペシャリティとでも言おうか、単なるセダンベースのクーペとは異なり、かなりスタイリッシュだった。

1 KP47 赤


2 KP47 1200 ST


5 KP47 1200 SR 2


4 KP47 1200 SR



  バリエーション展開もスペシャリティで、セリカの『フルチョイス』に対して『フリーチョイス』と名付けられた。
このシステムは3種ある基本ボディの内XTとSTにはそれぞれ2K型1000cc58psと3K1200cc 68ps、3K-BR77psのエンジンが用意され、トランスミッション、内装等が組み合わせられる様になっていた。
 ただしスポーツグレードのSRだけはセリカのGT同様組み合わせが決まっており、選べるのは3K型シツインルキャブのプレミアムガソリン仕様かレギュラー仕様かの選択しか無かった。


6 KP40 XT


7 KP47 ST


8 KP47 RS

9 KP47 Gリアシート

10 KP40 フリーチョイス

10 KP40 諸元

10 KP47 3面図



 同年10月には4ドアモデルが追加され、名称もパブリカが消えて単に『トヨタ スターレット』となった。
4ドアは通常のバリエーション展開で上から1200cc 74psのST、XL。1200cc 68psと1000cc 68psのハイデラックス、デラックス。1000cc 58ps専用のスタンダードのシリーズが有った。

20 KP47 4Dr 1200 XL

20 KP47 4Dr XL

21 KP40 4Dr Hi デラックス 1

21 KP47 4dr ST 1

22 KP40 4Dr デラックス

23 KP40 4Dr スタンダード 1


 メカ的には特に変わった物は無いが、時代の流れに合わせ排気ガス抑止装置や安全装置が強化されていた。
衝撃吸収ステアリングやブレーキの油圧回路を前輪と後輪で切り離すタンデムマスターシリンダーが全車種に標準装備されていた。
(これが前後輪ではなく右前輪と左後輪、左前輪と右後輪の組み合わせなら更に安全性が増したのだが・・・)
 上級グレードには後輪のロックを防ぐPバルブ(プレッシャー コントロール バルブ 電子制御機能の無いABSの様な物)が装備されていた。


24 KP40 4Dr 透視図

25 KP40 4Dr 2面図

25 KP40 4Dr 諸元

スターレット 74

Appendix

プロフィール

藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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