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[C388] Re: タイトルなし

トシさん

 それは凄いですね。
4WDは最終型でやっと手にしましたが、そんな深い雪は試した事が有りませんが、溶けかけた圧雪の坂道発進は普通に出来ました。
 パートタイム四駆の直結は強かったです。
砂浜でスプリンター カリブがスタックしているソバを何の苦もなく通れましたから。
でもこれで運転が下手になったかも知れません・・・(^^;)

  • 2013-07-26
  • 投稿者 : 藤重行
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[C387]

4WD試乗会で原っぱに膝まである雪の中へどうぞ言われて乗りました。
走破性抜群でしたが深い雪に走る乗り方でなくトヨタ乗ってました。
山スキーとかしてたら買ってたでしょうね。
  • 2013-07-25
  • 投稿者 : とし
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[C386] Re: メール代り

くらさん

 情報ありがとうございます。
旧車会には珍しくヨーロッパ車がメインなんですね。
皆大切にされてる車ばかりですね。
これならオトーさんと一緒に行って見たいです。
  • 2013-07-25
  • 投稿者 : 藤重行
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初代 スバル レオーネ (SUBARU LEONE) 【A21・22・24・25】      《2013年7月23日再編集》

0 A22 広告 野生の響き 



レオーネの誕生は'71年10月。
スバル1000→ff-1→1300Gと続くFF、水平対向エンジンの系譜です。
 最初に発売されたのはクーペ。その後4ドアセダン、2ドアセダン、エステートバン、ハードトップが相次いで発売された。
デザイン上の特徴はサッシュレスドア。
当時はハードトップの全盛時代だったが、強度、安全性の問題で4ドアハードトップもセンターピラーのある『ヒラードハードトップ』等という物が現れたが、レオーネと何ら違いは無かった。

  初代レオーネの型式は1100がA21で1400がA22。
スバル1000の型式がA12だったので名前もデザインも大きく変わったが、レオーネがスバル1100の後継モデルだった事が判ります。
 デザインはそれまでのシンプルなラインから一転して曲線を多用して威圧する様な押し出しの強い顔つき。
ボンネットのラインも特徴的で、真ん中が膨らんでいるので一見アーチ型に見えましたが、基本は外側から内側に落ち込む逆反りライン。
富士重工の合理性を追求したシンプルなラインは影を潜めていました。



クーペ-ss

1 A22 4Dr カスタム

5 A22 CUT インパネ

5 A22 CUT室内


1 A22 4ドアGL

2 A22 2ドアGL

3 A22 4ドア 1400GL

4 A22 サッシュレスドア

6 A22 Sツーリング3


 メカニズムは先代の流れを引き継いでいたが、デュアルラジエーターやインボードブレーキは廃止になり、一般的な電動ファン式のシングルラジエーターとアウトボードブレーキになっていた。
サスペンションも前輪はマクファーソン・ストラットにコイルスプリング、後輪のトーションバースプリングはスバル1000からの流れだが、リンクはトレーリングアームからセミトレーリングアームに変更されていた。
 基本キャリーオーバーながら、メカやデザインが一般受けする物に変わり、一部のファンからは『スバルらしさが薄らいだ』と不満が出た様だ。
 これはスバル360から歴代の1000シリーズを設計した百瀬晋六氏が担当から外されたせいなのか、逆に一般受けする車を造るために百瀬氏を外したのか?
結果的には多彩なバリエーション展開の成果もあってシェアを落とした軽自動車に取って代わり富士重工のメイン車種に成長していった。


7 A22 サス

 エンジンはスバル1000以来のEA型のボアアップした1100ccと1400cc。
後に1200と1600が登場したがいずれもストロークは1000と同じまま、ボアだけを広げている。
スバル1000のボア・ストロークは72×60で1600は92×60で実に20mmも広げられている!
(これはボディー幅に合わせてエンジンの横幅を広げられない事情も有ったのだが・・・)
 足回りはスバルの伝統(信念)で前輪はマクファーソンストラット、後輪はトーションバー(ねじり棒バネ)がアームを兼ねたセミトレーリングアームの4輪独立。
 当時の車はベストセラーのカローラやサニーはもちろん、マークⅡやセドリックだって後輪はトラックと同じ板バネの一体縣架。


 ブレーキホースはクロス配管で、前輪の右と後輪の左、前輪の左と後輪の右の2系統でより安全性の高い物だった。

7 A22 ブレーキシステム

7 A22 仕様 1

8 A22 4Dr 4面図

 '72年12月にはクーペRX発売された。
外観やエンジン等に違いは無いが、4輪ディスクブレーキを装着した初の国産車だった。

20 A22 広告72 RX


  続いて'73年6月にはハードトップが追加発売された。
ボディ下部はクーペと変わりが無かったが、フロントグリルは大きく変わり、大衆車クラス初の4灯式のヘッドライトを装備していた。

30 A22 HT

31 A22 ハードトップ GFT

32A22 ハードトップ GFT in

33 A22 ハードトップ GF

34 A22 ハードトップ FL

36 A22 HT 仕様

37 A22 HT 4面図

 その年の10月にはマイナーチジが行われ、セダンのフロントグリルは縦型から横型に変わり、更に一見フォグランプを思わせる角形のスリットが入った。
 クーペも縦型から細かく煉瓦を積んだ様な形に変わった。
セダン1100のマイナーチジは1ヶ月遅れの11月に実施され、エンジン排気量が1200ccになり、型式もA21からA25に変わった。

21 A22 クーペ RX

22 A22 クーペ RX E

22 A22 クーペGSR

23 A22 4Drカスタム

23 A22 セダン 2Dr1200GL・4Dr1400GL

24 A22 Sツーリング

25 A22 Sツーリング インパネ

26 A22 Sツーリング in

27 A22・25 仕様

28 A22 クーペ 4面図


 75年1月には二度目のマイナーチジが行われた。
セダンの1400カスタムとGL、それに4WDセダンにはハードトップと同じ4灯式ヘッドライトが採用されてカスタムにはスバル初の3速ATが追加された。
 
そして同時に待望の世界初となる量産型4WD4WDセダンが発売された。
マイナーチジで登場した1200の型式がA25で4WDがA22。
この事から4WDは早い時期から開発されていたであろう事が想像出来ます。


 既にバンには4WDが有り乗用車登録も可能だったが、このレオーネ4WDが現在のレガシィ、インプレッサ、エクシーガーへと続くスバルのシンメトリカル4WDの本格的展開の始まりだった。

40 A22・24 AT 4WD

41 A22 AT ブレーキモニター

42 A22 スーパーツーリング

42 A22 スーパーツーリング sid

45 A25 1200GL 1

44 A22 デラックス 1

45 A25 1200GL 1

46 A25 デラックス 1

47 A25 スタンダード 1


46 A24 4WD

47 A24 4WD m


48 A22・24・25 仕様





 レオーネを語る上で外せないのは'72年9月に発売されたエステートバン4WD。

東北電力の要請により、宮城スバルの技術者がスバル1000バンのボディーにブルーバード510のプロペラシャフトとドライブシャフトを組み込んだ手作りの試作車を工場のある群馬まで自ら運転していったそうです。
スバル1000はFF専用車で、プロペラシャフトを通すセンタートンネルが無かったため、シャフトは室内を貫通していたそうです。
 当時富士重工は日産と資本提携関係があったため、510のシャフトは正式に採用され、最終型レオーネの時代まで使われていました。

ET-V21-ss.jpg

エステートV 4WD



 2009年6月28日追記

私がスバルウイルスに感染させた甥っ子からの情報で4WD誕生秘話を追記します。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「富士重工業 技術人間史」より引用

一九七一年(昭和四十六年)三月、宮城スバルから一台の試作車が
富士重工へ持ち込まれた。中古のスバル1000バンに、ff-1の1100cc
エンジンを搭載した4WDであった。
この4WDバンは、東北電力本店配電部の錦戸清次(にしきどせいじ)の
提案によって、宮城スバルの常務・土方春男(ひじかたはるお)、
サービス課長・江川昭三(えがわしょうぞう)、サービス工場次長・
高橋栄二郎(たかはしえいじろう)たちが試作したものであった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 '80年11月には世界初の量産型フルタイ4WDのアウディムクワトロが発表されたが、富士重工がアウディに影響を与えた事は容易に想像できます。
 因みに、世界初4WD乗用車はイギリスの『ジェンセン FF MKⅡ』だと思います。
名前はFFですが、前輪駆動を『FF』と呼ぶのは日本だけらしいですね。 

ジャンセン-ss



 【余計な話】


 私が初めて買った新車が'72年2月発売のセダン1400GL。
足回りをのぞき込んだ後輩は、板バネとコイルスプリングしか見た事がなかったので
「バネが無い!」
と驚いていました。

 デザインは当時流行の“は虫類的”な押し出しの強い物で、決して良いデザインとは思いませんでした。
当時トヨタ スプリンターが
『美しくなければ車ではない』
とCM流してましたが、同僚達から
「レオーネは美しくないから車ではないわけだ」
と憎まれ口を聞きました。
でも外見だけで車を選ぶ人達なんて・・・

 サッシュレスウインドウは気に入ってましたが、ドアの閉まりは悪かった。
 窓枠が無いためボディとガラスの密着性を高めた結果だと思われますが、他の車なら気分を害するくらい強く閉めなければなりませんでした。
 また初期型は洗車機に入れて水を吹き飛ばすとフロントウインドウのセンターピラー側下端から強風と水しぶきが入ってきました。

 その後'75年に買ったモデルでは隙間が無くなってました。
 初期型と型式は同じでもフロアパネルは変更されていました。
初期のモデルはスバル1000程ではなくてもフロアがフラットに近く、後席に人を載せると足下の広さに驚かれましたが、このモデルは4WDモデルとの共通化だと思われますが、トンネルが大きくなりFR車と余り変わらない位の張り出しがありました。
  
 また何故か75年型はステアリングとウインドウガラスの巻き上げレギュレーターが重かった。
私のだけ個体差なのかとも思いましたが、同じ車に乗っていた同期も同様の不満を持ってました。
ステアリングはタイヤサイズの違い(615-13-4PR → 155R-86-13)なのかも知れませんが、巻き上げレギュレーターは原因が解りませんでした。

 '71年型の仕様書に手書きで書かれてる数字は、当時の秋田県店頭渡し価格です。

3件のコメント

[C388] Re: タイトルなし

トシさん

 それは凄いですね。
4WDは最終型でやっと手にしましたが、そんな深い雪は試した事が有りませんが、溶けかけた圧雪の坂道発進は普通に出来ました。
 パートタイム四駆の直結は強かったです。
砂浜でスプリンター カリブがスタックしているソバを何の苦もなく通れましたから。
でもこれで運転が下手になったかも知れません・・・(^^;)

  • 2013-07-26
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
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[C387]

4WD試乗会で原っぱに膝まである雪の中へどうぞ言われて乗りました。
走破性抜群でしたが深い雪に走る乗り方でなくトヨタ乗ってました。
山スキーとかしてたら買ってたでしょうね。
  • 2013-07-25
  • 投稿者 : とし
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[C386] Re: メール代り

くらさん

 情報ありがとうございます。
旧車会には珍しくヨーロッパ車がメインなんですね。
皆大切にされてる車ばかりですね。
これならオトーさんと一緒に行って見たいです。
  • 2013-07-25
  • 投稿者 : 藤重行
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藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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