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トヨタ パブリカ (PUBULICA)【KP30・50】

 二代目パブリカは’72年1月に大掛かりなマイナーチェンジをした。それは前後ビューの変更に留まらず、ドアを除くボディパネルにまで及んでリアウインドーの傾斜を強めたファストバックスタイルになった。 前後オーバーハングが延長され全長は+50mmの3695mmになったが全幅、高さは共に変更は無かった。(カタログ数値の前665mm、ホイールベース2160mm、後865mmを合計すると3690mmとなるが???)  全長は大きくなったが、室内...

マツダ ルーチェ・ロータリークーペ (MAZDA LUCE ROTARY COUPE RX-4)【MP13】

 ルーチェ・ロータリークーペの試作車が初めてその姿を現したのは’67年の東京モーターショーだった。試作車はRX87の名で展示されたが、奇しくも同じジウジアーロの作品である いすゞ117クーペが『117スポーツ』の名で出品されその美しさを競い合っていた。ただRX87(ルーチェ・ロータリークーペ)のデザインについてはジウジアーロ作品その物ではなく、ジウジアーロの協力を仰ぎ東洋工業社内でデザインされたと言われている。【’...

三菱 ミニカ’70 (MINICA ‘70)

  '69年7月、クライスラーとの合弁で『三菱自動車工業』の立ち上げを目前に三菱重工はようやく新しい軽自動車を発売した。その名は『ミニカ’70』初代ミニカは商用車ベースで、良く言えば質実剛健。悪く言えば時代遅れの車で、ホンダN360を筆頭とする新時代の軽自動車戦争に勝ち目は無かった。 新しいミニカの駆動方式は他社がFFやRRを採用する中でも初代と同じFRだったが、ボディを梯子型フレームに載せた物からモノコック構造...

いすゞ ベレット (BELLETT) 【PR10・20・50】

 ‘60年代前半頃までのいすゞはトヨやタ日産と肩を並べ御三家と呼ばれる大メーカーだったが、トラックやバスが主力の為どうしても乗用車の開発は優先順位が下になっていた。その結果同じモデルを長年売らざるを得ず、それが他社との格差を生み乗用車はじり貧状態になっていた。 そんな中でも117クーペやベレットGTは根強い人気があり、いすゞはフルライン化を諦めスポーツ路線に活路を見出そうと大きく梶を切った。 ‘63年11月に発...

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プロフィール

藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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