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[C364] DDAC

 トシさん

 HONDA1300に限らず、空冷はどれもうるさかったですね。
暑さもさる事ながら寒いと暖機運転がままならず、ヒーターどころかエンジン自体が暖まらないまま走り続ける事になったようです。
表示馬力の大きさに実態(実用トルク)が伴わなかったんでしょうね。

 フランスでドライーバーが亡くなってましたね。
マシンだけの問題では無いかも知れませんが、不幸な出来事でした。

 この後ホンダの変貌ぶりが凄いですね。
一般論で云えばバイク屋から車屋になったとも云えますが・・・
  • 2013-06-18
  • 投稿者 : 藤重行
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[C363]

 空冷はうるさく期待したほどのパワーが無かった。
夏の暑さで大丈夫だったのだろうか。
F1も空冷エンジンでドライバーが一人死んだような。

 シビック辺りから実用的な車になった気がする。
古典FRと比べて癖の塊だったけど。
  • 2013-06-18
  • 投稿者 : トシ
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[C362] Re: こんにちは

 カーグラフィックの小林彰太郎さんですね?
パワーだけは有り過ぎてフロントヘビー。
ホンダが1300から145に変更したきっかけの一つかも知れませんね。
 
 ここ数十年のホンダはミニバンとコンパクトだけのファミリーカーメーカーになってしまいましたが、今度のアコードやNSXはかなり気合いが入っていそうですね。
でも販売チャンネルを統合した結果、レジェンドやアコード等が売れなくなって久しいですが、もう一度せめてベルノ店だけでも分離した方が良いのでは・・・?
と思います。
  • 2013-06-17
  • 投稿者 : 藤重行
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[C361] こんにちは

この車は、小林彰太郎さんが箱根で大怪我された車ですよね!頑固な技術者が創業者だと会社は、凄い勢いで成長しますし機械好きな人間をワクワクさせてくれますが、それが又足を引っ張るのですね。フォード、エジソンみんなそんな感じです。宗一郎さんが、多少頭が柔らかくて(笑)良かったです。でも他にアクセルとブレーキのペダルの高さで若い人と揉めたり色々面白い人ですよね!(笑)
  • 2013-06-16
  • 投稿者 : 猫二匹
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ホンダ145クーペ (HONNDA 145coupe)【CD】




1 CD 表紙

 軽自動車のNシリーズで大成功を納めたホンダが小型車に本格参入した意欲作、HONDA1300は宗一郎氏の想いとは裏腹に市場では全く受け入れられなかった。
二重構造のDDAC(デュオ ダイナミック エア クーリング)一体式二重空冷エンジンは馬力こそ大きかったが、水冷式より外寸が大きく重量も嵩み更に温度制御が難しく強まる排気ガス規制への対応も困難だった。
同じコンポーネントのクーペ7、クーペ9も同様で既に不人気車の代表格になっていた。
 宗一郎氏の
『水冷エンジンは水を空気で冷やすのだから、最初から空気で冷やした方が効率が良い』
と言う持論は技術社員のみならず役員の間にまでも軋轢を生んだが、結局宗一郎氏自身が技術者で有る前に社長だと言う認識を示し、ホンダは急速に水冷化を推し進めた。

 
‘72年11月、ホンダは1300とクーペ7、クーペ9シリーズのエンジンを水冷に換装し排気量に因んで145シリーズと改称した。
新しいエンジンはOHCの半球型燃焼室でバルブ配置はV字型のクロスフロータイプだった。
このエンジンはシビックGLとシリンダーヘッドは共通だが、シリンダーブロックはシビックのアルミ合金にタイして145は鋳鉄製で別の物だった。
ただ補機類は多くの物が共用されていた。

7 CD GLエンジン


この型式なら比較的容易に高出力を絞り出せる設計だが、ホンダはそれまでの高回転、高出力から一変した低速トルクを重視した物だった。
後期型1300の出力は排気量1298ccでクーペ7が95ps/7000rpm・10.5Kgm/4000rpm、クーペ9が110ps/7300rpm・11.5Kgm/5000rpmだったが、145は排気量が1433ccで標準型が80ps/5500rpm・12.0Kgm/3500rpm。最上級のF1にのみ搭載されたホンダ独自の機械式燃料噴射付は90ps/6000rpm・12.5Kgm/4000rpmとおとなしい物になった。

 エンジンの換装に依り重量は40Kgほど減量になり、水冷化に伴ってヒーター等の空調関係は変更を受けた。
デザインも殆どそのままだが、挑戦的なフロントグリルはプレスラインは変えずにヘッドライトが丸形4灯式から角形2灯式に改められ少しおとなしいデザインに変わった。

2 CD GL

3 CD GT

4 CD GL

5 CD GLインテリア

6 CD GLコックピット

8 CD 足回り

 

 大掛かりなてこ入れにも拘わらず145は販売台数が回復する事もなく、‘74年10月に一代限りで生産を終えた。

9 CD 仕様

 今では殆どの国産乗用車やライトバン等で採用されている屋根の左右に黒いモールがある“モヒカンフール”を初めて採用したのは、マイナーチジ前のHONDA1300クーペシリーズだった。
 それまでのボディ構造はドア周りとその前後、及びルーフパネルを別々にプレスして溶接していた。
この頃の国産車はドア周りと屋根をピラー上部で溶接し、フロントガラス両端から始まるドリップモール(雨樋)は巻き上げたルーフパネルの一部でその溶接部分を隠す目的もあった。

 ホンダは車の側面と屋根の一部を一体でプレスし、ルーフパネルとの溶接場所を屋根側に移した。
この結果部品点数及び作業行程が減少しコストダウンと溶接面積の増大により強度が増す効果が得られた。
屋根の左右両端を走る黒いモールはその溶接部分を隠す為とドリップモールの役目を兼ね備えている。


 余談だが、当時の車のドリップモールはCピラー前側でドアのラインに沿って下がるのが一般的だったが、ベレットはそのままリアウインドウまで水平に走らせ、410ブルーバードは更にリアウインドウの上端を通って運転席
側と助手席側が繋がっていた。
 これは継ぎ目を滑らかにするために溶接部を削り強度が低下するのを防ぐ為のものだった。

HONNDA 1300 クーペ9
HONDA1300 クーペ9

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[C364] DDAC

 トシさん

 HONDA1300に限らず、空冷はどれもうるさかったですね。
暑さもさる事ながら寒いと暖機運転がままならず、ヒーターどころかエンジン自体が暖まらないまま走り続ける事になったようです。
表示馬力の大きさに実態(実用トルク)が伴わなかったんでしょうね。

 フランスでドライーバーが亡くなってましたね。
マシンだけの問題では無いかも知れませんが、不幸な出来事でした。

 この後ホンダの変貌ぶりが凄いですね。
一般論で云えばバイク屋から車屋になったとも云えますが・・・
  • 2013-06-18
  • 投稿者 : 藤重行
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[C363]

 空冷はうるさく期待したほどのパワーが無かった。
夏の暑さで大丈夫だったのだろうか。
F1も空冷エンジンでドライバーが一人死んだような。

 シビック辺りから実用的な車になった気がする。
古典FRと比べて癖の塊だったけど。
  • 2013-06-18
  • 投稿者 : トシ
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[C362] Re: こんにちは

 カーグラフィックの小林彰太郎さんですね?
パワーだけは有り過ぎてフロントヘビー。
ホンダが1300から145に変更したきっかけの一つかも知れませんね。
 
 ここ数十年のホンダはミニバンとコンパクトだけのファミリーカーメーカーになってしまいましたが、今度のアコードやNSXはかなり気合いが入っていそうですね。
でも販売チャンネルを統合した結果、レジェンドやアコード等が売れなくなって久しいですが、もう一度せめてベルノ店だけでも分離した方が良いのでは・・・?
と思います。
  • 2013-06-17
  • 投稿者 : 藤重行
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[C361] こんにちは

この車は、小林彰太郎さんが箱根で大怪我された車ですよね!頑固な技術者が創業者だと会社は、凄い勢いで成長しますし機械好きな人間をワクワクさせてくれますが、それが又足を引っ張るのですね。フォード、エジソンみんなそんな感じです。宗一郎さんが、多少頭が柔らかくて(笑)良かったです。でも他にアクセルとブレーキのペダルの高さで若い人と揉めたり色々面白い人ですよね!(笑)
  • 2013-06-16
  • 投稿者 : 猫二匹
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藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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