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[C507] Re: 初めまして

 夜行乗用車様へ

 コメントありがとうございます。
こんな数年もほったらかしのサイトにご訪問頂きありがとうございます。

 「自動選曲ラジオ」そんな高級装備も有りましたね。
自分ではそんな車にはついぞ乗る事もなくこの歳まで来てしまいました。

 
  • 2017-02-23
  • 投稿者 : 藤 重行
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  • 編集

[C505] 初めまして

これは懐かしいモノを拝見させていただきました。
叔父がこの型の「スペシャル6」を所有しており、当時小学生で父のサニーしか乗ったことがなかった小生は、その「ドアの開閉音」「6気筒エンジンの滑らかな音質と静粛性」「自動選曲ラジオ」「パワーアンテナ」「クーラー」「センターアームレスト」などに驚いたものでした。
このような少年時代の強烈な印象から、乗るなら「音質の良い直6で静粛性に優れた端正な容姿の車」と心に決めたのですが、若い頃は経済的理由で手に入れられず、意を決して買ったプログレも車齢13年を迎えてしまいました。
最近は直6どころかV6すら少なくなってきて寂しくなりました。
  • 2017-02-23
  • 投稿者 : 夜行乗用車
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  • 編集

[C48] セドリック

 日野さん

 本来グロリアの方が“格”は上ですよね?
天照大神のご子孫とは、社名を富士精密機械“プリンス”に変えた位の付き合いですから。
 シーマをもっとお上品にしてグロリアとすれば良かったんですよ。

 会長に直訴は何も知らない田舎の子だったから・・・(^O^)
  • 2009-07-22
  • 投稿者 : 藤 重行
  • URL
  • 編集

[C45]

そうそう、セド・グロとか言いながら格好悪いセドリックのほうが扱いが上だったのですよね。
外様プリンスの悲哀かなと見てました。
社用やタクシーなどの業務系がセドリックで、パーソナルというかファミリー系がグロリアという棲み分けだった気がしますね。
結局、やんごとなき方絡みのプリンスという好ネーミングも生かされることなく消えていきましたよね。

それにしてもあの川又さんに直訴に及ぶなんてすごい行動力ですね。

  • 2009-07-22
  • 投稿者 : 日野くるま
  • URL
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[C44] 小公子

 くらさんへ

 日産の川又会長は童話がお好きだった様で・・・
ブルーバードは理解出来ますが、スポーツカーに“フェアレディー”も違和感を覚えました。
 セドリックは技術的には頑丈なボディーと世界一量産されてる重いL型エンジンしか無かったと思います。

 それとグロリアよりセドリックの方が“上”と言うのも納得出来ませんでした。
あまりに理不尽で、高校生の時川又会長宛に
『グロリアをセドリックより上の高級車にすべきだ!』
と手紙を書きました。
 そしたら返事が来まして、日産車カタログが同封されていました。
  • 2009-07-21
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C43] R381

 トシさんへ

 あの頃の日産はラリーにレースに常勝を誇っていましたからね。
ま、ラリーはともかく、レースに関しては吸収したプリンスの技術、ノウハウが大きな力になっていたとおもいますが。
 個人的にはR380の方が好きでした。
R381はまともに戦ったら苦戦しそうなのでシボレーのエンジンと可変ウイングという飛び道具を持ち込んだ様で・・・。 
  • 2009-07-21
  • 投稿者 : 藤 重行
  • URL
  • 編集

[C42]

セドリックは童話「小公子」の中の男の子の名前で、それが日産の上級車に用いられるなんてなんか違うのではないの?と子供心に思ってました。
ネーミングだけでも完全にクラウンに負けてますよね。
ということでセドリックはサスのへたったタクシーのイメージもあり、意味もなく嫌いでした。
  • 2009-07-21
  • 投稿者 : くら
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[C39] R381

 あのR381をカタログに使っていたとは知らなかった。
プラモデルを作ったり可変ウイングがお気に入りでした。
ただ日産の市販車は今ひとつ好きになれなかった。
あのポルシェシンクロシフトが気に入らなかったなー。
  • 2009-07-20
  • 投稿者 : トシ
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日産 セドリック (NISSANN CEDRIC) 【130】

表紙-s

 クラウンを書いたならセドリックを忘れる訳にはいきません。
2代目セドリック130型の登場は1965年10月。
これは’68年9月、2度目のマイナーチェンジ後のものでフロントグリルが大きく変りましたが、オリジナルデザインはブルーバード410と同じイタリアの巨匠、ピニン・ファリナによるものでした。
 リアドアの下からDピラー向かって真っ直ぐカットしたラインと逆三角形のDピラー、リアドア上からそのままルーフ後端まで伸びた雨樋が特徴的です。
このドアのラインは最近のベンツやマークX等に見られるデザインですね。
クラウンは日本的な美しさを感じますが、セドリックはラテン系の若々しさを感じさせると思います。

フロント-s

 メカは特筆すべき程のものは有りませんが、バリエーションはかなり豊富です。
クラウンを意識してか、あるいは皆が豊かさを求めた時代の反映か、オーナーカーを意識したパーソナル6と言うグレードに力を入れていました。
 バンと同じボディーのワゴンは助手席側最後部の窓がパワーウインドウになっていて、外からも鍵で開けられるというユニークなものでした。

カスタム6-s

Dx6-s.jpg

パーソナル6-s

ワゴンル6-s

 エンジンも多彩で全て2000ccですが、6気筒が2機種も有りました。
一つはブルーバードの4気筒と同じ形式のOHCのL20型ともう一機種はOHVのJ20型。
6気筒エンジン搭載モデルは全てグレード名の最後に『6』が付けられていました。
 4気筒はフェアレディと同じH20型のOHV版のガソリンとLPG。
他にディーゼルのSD20型もありました。
日産はこのほかにも当時合併したばかりのグロリアには全く別のG型6気筒エンジンが有りましたが、コスト最優先の今ではとても考えられない事です。

エンジン-s

 この頃から国産車も安全性を意識する様になり、セドリックも力を入れていました。
この中には『⑨新品タイヤの使用』なんて???と思わせる項目も有りました。

安全装備 2-s

安全装備  up2-s

 ボディーの頑丈さはこの頃の日産の売りで、セドリックもサファリ、シェル4000、モンテカルロ等のラリーに参戦し、海外メディアから『世界一頑固なモノコックボディー』と言われたほどでした。
 この頃の日産はトヨタにタイするライバル心がむき出しでしたが、決してトヨタの後を追いかけたり真似したりする事は有りませんでした。
プリンス自動車を吸収合併した事に依り日産の技術力は更に高まり、ラリーやレースでも常勝を誇っていました。
 モータースポーツでの活躍は海外でも評価され、国内販売ではトヨタに敵いませんでしたが、輸出は『DATSUN』が大きくリードしていました。
カタログでは'68年の第4回日本グランプリで優勝を飾ったレーシングカー、R381を背景に『技術の日産』をアピールしています。
旧プリンスとの統合はかなり難航したようですが、二つの技術の融合はその後大きな花を咲かせる原動力になって行きました。

R381-s.jpg

ラリー仕様-s

スペック-s

8件のコメント

[C507] Re: 初めまして

 夜行乗用車様へ

 コメントありがとうございます。
こんな数年もほったらかしのサイトにご訪問頂きありがとうございます。

 「自動選曲ラジオ」そんな高級装備も有りましたね。
自分ではそんな車にはついぞ乗る事もなくこの歳まで来てしまいました。

 
  • 2017-02-23
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C505] 初めまして

これは懐かしいモノを拝見させていただきました。
叔父がこの型の「スペシャル6」を所有しており、当時小学生で父のサニーしか乗ったことがなかった小生は、その「ドアの開閉音」「6気筒エンジンの滑らかな音質と静粛性」「自動選曲ラジオ」「パワーアンテナ」「クーラー」「センターアームレスト」などに驚いたものでした。
このような少年時代の強烈な印象から、乗るなら「音質の良い直6で静粛性に優れた端正な容姿の車」と心に決めたのですが、若い頃は経済的理由で手に入れられず、意を決して買ったプログレも車齢13年を迎えてしまいました。
最近は直6どころかV6すら少なくなってきて寂しくなりました。
  • 2017-02-23
  • 投稿者 : 夜行乗用車
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[C48] セドリック

 日野さん

 本来グロリアの方が“格”は上ですよね?
天照大神のご子孫とは、社名を富士精密機械“プリンス”に変えた位の付き合いですから。
 シーマをもっとお上品にしてグロリアとすれば良かったんですよ。

 会長に直訴は何も知らない田舎の子だったから・・・(^O^)
  • 2009-07-22
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C45]

そうそう、セド・グロとか言いながら格好悪いセドリックのほうが扱いが上だったのですよね。
外様プリンスの悲哀かなと見てました。
社用やタクシーなどの業務系がセドリックで、パーソナルというかファミリー系がグロリアという棲み分けだった気がしますね。
結局、やんごとなき方絡みのプリンスという好ネーミングも生かされることなく消えていきましたよね。

それにしてもあの川又さんに直訴に及ぶなんてすごい行動力ですね。

  • 2009-07-22
  • 投稿者 : 日野くるま
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[C44] 小公子

 くらさんへ

 日産の川又会長は童話がお好きだった様で・・・
ブルーバードは理解出来ますが、スポーツカーに“フェアレディー”も違和感を覚えました。
 セドリックは技術的には頑丈なボディーと世界一量産されてる重いL型エンジンしか無かったと思います。

 それとグロリアよりセドリックの方が“上”と言うのも納得出来ませんでした。
あまりに理不尽で、高校生の時川又会長宛に
『グロリアをセドリックより上の高級車にすべきだ!』
と手紙を書きました。
 そしたら返事が来まして、日産車カタログが同封されていました。
  • 2009-07-21
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C43] R381

 トシさんへ

 あの頃の日産はラリーにレースに常勝を誇っていましたからね。
ま、ラリーはともかく、レースに関しては吸収したプリンスの技術、ノウハウが大きな力になっていたとおもいますが。
 個人的にはR380の方が好きでした。
R381はまともに戦ったら苦戦しそうなのでシボレーのエンジンと可変ウイングという飛び道具を持ち込んだ様で・・・。 
  • 2009-07-21
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C42]

セドリックは童話「小公子」の中の男の子の名前で、それが日産の上級車に用いられるなんてなんか違うのではないの?と子供心に思ってました。
ネーミングだけでも完全にクラウンに負けてますよね。
ということでセドリックはサスのへたったタクシーのイメージもあり、意味もなく嫌いでした。
  • 2009-07-21
  • 投稿者 : くら
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[C39] R381

 あのR381をカタログに使っていたとは知らなかった。
プラモデルを作ったり可変ウイングがお気に入りでした。
ただ日産の市販車は今ひとつ好きになれなかった。
あのポルシェシンクロシフトが気に入らなかったなー。
  • 2009-07-20
  • 投稿者 : トシ
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藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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