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[C57] Nコロ

 くらさん

 当時の日本人は車と言うものを殆ど理解しないまま、それこそ猫も杓子も状態でしたからね。
車の選択基準も中身より、見てくれと馬力、最高速それに値段でしたから。
 
 忘れていました。
ラルフ・ネーダーでしたっけ?
この人の独善的な話からユーザーユニオン事件に発展し、本田宗一郎さんが殺人罪で告訴されてホンダが窮地に追い込まれましたね。
 私にはユーザーの名を語ったユスリ、タカリの類にしか思えませんでしたが、ホンダはそこからよくぞ今日の地位まではい上がったものだと思います。
  • 2009-07-23
  • 投稿者 : 藤重行
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[C56] Nコロ

 トシさん

 あっという間に軽のトップに躍り出ましたね。
でも今までバイク位しか乗った事のない若者がいきなりこの車に乗って走り回ったから結構危ないシーンが有った様ですね。
  • 2009-07-23
  • 投稿者 : 藤重行
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[C54]

Nコロ 若者中心に流行りましたね。
たしかにホンダ的な面白い車でしたよね。
BMCやルーツなどの崇拝者だった私は、これがミニに類似とか聞いてノケゾリました。
とはいうものの、Nコロの晩年?は事故の評価とかで散々なことになりましたよね。
  • 2009-07-22
  • 投稿者 : くら
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[C51] Nコロ

 大流行しましたね。
でも自分が一番大デブだった頃で軽枠が拡大されるまで乗れない車だった。
タックインが強くて横転事故が多発しFFが理解されなかった。
旨く扱うと良い味だったんですが日本ではなかなか理解されませんでしたね。
  • 2009-07-22
  • 投稿者 : トシ
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ホンダ N360 (HONDA N360)

表紙-s

 『Nコロ』の愛称で今も旧車ファンに親しまれているホンダN360が誕生したのは1967年3月。
ホンダの4輪車は初めてではないが、FFのこの車は発売と同時に爆発的ヒットとなり、車の世界でも世界のホンダとなる足がかりを作ったモデルでした。

フロント-s

カットモデル-s

 スタイルはイギリスのモーリス・ミニに似ていると評価されたがメカニズムはかなり個性的で、エンジンはモーターサイクルをベースにした物を並列横置きにし、これまたモーターサイクルから流用のクラッチ、ミッション。
等速ジョイントは左右に2組ずつ使い、なめらかな駆動を実現していました。
 スペース効率も良く、スペアタイヤはスバル1000等と同じようにエンジンルームに置かれましたが、ホイールのセンター部分が無い合わせホイールの形状を生かし、センターをストラット上部に置くという徹底ぶり。

エンジンルーム-s

 空冷4ストロークエンジンの出力は31PS/8500rpm、3Kgm-m/5500rpmとそれまでの軽自動車の20PS~25PSを大きく上回り、回転数も車の物とは思えない位高回転でした。

エンジン

ワンポイント給油-s

ベアリング-s

 この車の登場は他社を慌てさせ、ダイハツがフェローにN360を“1PS”上回るフェローSSを追加し、スズキ・フロンテSSやスバル360にヤングSSの36PS、そして三菱ミニカ’70GSSの38PS、最終的にはフェローMAXの『40馬力のど根性』に至る過激な馬力競争の引き金を引く事になったのでした。

  この仕様書を見て下さい。
ここには一般の人が見ても何の事やら解りそうもない“油ポンプ形式”とか“ダイナモスターター”だとかトーイン(アウト)、キャンバー、キャスター、果ては“キングピン角度”等というデーターまで、事細かに書かれています。
 私はここにもホンダの自信と常識に捕らわれない車造りに対する情熱、そして正直さ、真面目さを感じます。

スペック-s

 ホンダは四輪車市場に本格的に進出するにあたり、サービス工場を各地に建設しました。
ホンダの販売店は数多く有りましたが、その殆どは町の自転車屋さんでバイクはともかく、車の点検整備に関しては技術も経験も無く、ましてやホンダの個性的な車作りは他社の整備工場の手に負えるものでも有りませんでした。
 そこで日本中にサービスの拠点を造り、販売店が安心してなじみのお客さんに車を勧められるシステムを構築したのです。
現在ホンダSFは殆どがオートテラスやホンダカーズになり、他社同様メーカー主導のディーラーばかりになりましたが、これで消えていった弱小販売店も決して少なくは無いと思います。
世界のホンダの基礎を築いた多くの方々の努力と苦労も忘れてはいけないと思います。

ホンダSF-s

 下の画像はイギリスの技術者、アレック・イシゴニスに依る世界初の並列横置きエンジンのFF量産車、モーリス・ミニのスポーティバージョン、クーパーです。

モーリス・ミニI-s

4件のコメント

[C57] Nコロ

 くらさん

 当時の日本人は車と言うものを殆ど理解しないまま、それこそ猫も杓子も状態でしたからね。
車の選択基準も中身より、見てくれと馬力、最高速それに値段でしたから。
 
 忘れていました。
ラルフ・ネーダーでしたっけ?
この人の独善的な話からユーザーユニオン事件に発展し、本田宗一郎さんが殺人罪で告訴されてホンダが窮地に追い込まれましたね。
 私にはユーザーの名を語ったユスリ、タカリの類にしか思えませんでしたが、ホンダはそこからよくぞ今日の地位まではい上がったものだと思います。
  • 2009-07-23
  • 投稿者 : 藤重行
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[C56] Nコロ

 トシさん

 あっという間に軽のトップに躍り出ましたね。
でも今までバイク位しか乗った事のない若者がいきなりこの車に乗って走り回ったから結構危ないシーンが有った様ですね。
  • 2009-07-23
  • 投稿者 : 藤重行
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[C54]

Nコロ 若者中心に流行りましたね。
たしかにホンダ的な面白い車でしたよね。
BMCやルーツなどの崇拝者だった私は、これがミニに類似とか聞いてノケゾリました。
とはいうものの、Nコロの晩年?は事故の評価とかで散々なことになりましたよね。
  • 2009-07-22
  • 投稿者 : くら
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[C51] Nコロ

 大流行しましたね。
でも自分が一番大デブだった頃で軽枠が拡大されるまで乗れない車だった。
タックインが強くて横転事故が多発しFFが理解されなかった。
旨く扱うと良い味だったんですが日本ではなかなか理解されませんでしたね。
  • 2009-07-22
  • 投稿者 : トシ
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藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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