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[C305] Re: 貴重な資料

 Pboxさん
ご訪問ありがとうございます。
そちらのサイトも素敵ですね。
ワタクシの様に色々うんちくを付けず、只写真を楽しむというのも良いですね。

 フェラーリ・ディノ可愛かったですねぇ・・・
それに続いた308GT-Bも憧れでした。
http://www.i-pbox.com/

 これからもどうぞお気軽に遊びに来て下さい・・・<(_ _)>
  • 2011-05-25
  • 投稿者 : 藤 重行
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  • 編集

[C301] 貴重な資料

貴重な資料を見させていただきました。
また訪問します。

ありがとうございます!

[C211] 車狂さん

 コメントありがとうございます。
プリンスの名を世に知らしめた名車ですね。
この後の箱スカの大ヒットを見れば日産と合併する事は無かったのではと悔やまれます。
PC110もL型エンジンではなく、G7型を熟成させていけば、プリンス販売の意地との相乗効果で更に競争力は高まったのではと思います。

 スカイラインについては書きたい事は山程有るのですが、世の熱烈なプリンスファンが何処で見ているか判りませんのでシッカリと裏付けが出来ないとナカナカ書けませんが、これからもお楽しみ頂ければ幸いです。
  • 2010-01-11
  • 投稿者 :
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  • 編集

[C209] 箱スカ狂 アラ還

ハコスカ大好き 田舎者が都会で乗った名車

[C98]  プリンスの香り

 くらさん

 田舎で育った純粋な少年にはやたらメッキモールを使ったデザインがカッコ良く見えました・・・(^O^)
でも世の中には“プリンス党”があちこちに居ますから、下手な事は書けないですね。
  • 2009-08-09
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C94]

スカイライン、久しぶりにまじまじと見ましたね。
いま思うととデザイン的に野暮ったいのはどうしてなのか?
フロントなんかダッツンのトラックみたいですよね。
スカイラインはいろんな伝説がありましたね。
我が家もこの数台あとのモデルが来ましたが、結構走りましたね。
懐かしいです。
っていうとスカイライン関係者に売ってんだよ!!と叱られましょうか。

  • 2009-08-08
  • 投稿者 : くら
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  • 編集

[C89] GT-A

トシさん

 本当に伝説の車ですね。
赤バッチのGT-Bは滅多に見かけませんでしたね。
 桜井慎一郎さんはR31の完成間近で倒れ、一番弟子の伊藤修令氏に後を託したそうで、R30(ニューマン)が最後の作品になりそうです。
 贔屓目かも知れませんが、『美しい都市工学』からスカイラインの迷走が始まった様な・・・
  • 2009-08-07
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C88] GT-A

 田舎でも結構見かけましたね。
あまり車が解らない歳頃だったけど初めてスポーツカーを意識した。
鼻先の長さと丸いテールランプがイカしてました。
GT-Bが赤バッジだったか、見かけるのは青バッジばかりでした。
桜井さんが手を掛けたのはR30ぐらいまでかなぁ?
  • 2009-08-06
  • 投稿者 : トシ
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2代目 スカイライン (SKYLINE)  【S50・57】

S50 フロント

 2代目プリンス・スカイラインが誕生したのは1963年11月の事だった。
スカイラインとしては2代目になるが初代はモデルチェンジでグロリアと名前が変わり、実質的に現在に至るスカイラインの系譜はこのモデルから始まった。

  初代は小型車の規格を超えた一般に言うところの中型車だったが、2代目はトヨタのRT40コロナや日産の410ブルーバードや日野コンテッサ、いすゞベレット等と競合する1500ccのファミリーカーだった。
グロリアは高級車らしく6気筒OHCエンジンやド・デュオンアクスル等を装備していたが、ファミリーカーに生まれ変わったスカイラインは競合車との価格競争もあり、特別凝った構造ではなかった。
 エンジンもグロリア用のG7型エンジンの開発を優先した為、前モデルからのキャリーオーバーされた4気筒OHV70PsのG1型。このエンジンは当初FG4A40型と呼ばれていたが社名を富士精密工業から再びプリンス自動車に変更した際に富士のFを外しGA4型と改称し更にメンテナンスフリー化を進めG1型と改称された物だった。
1959年に完成したエンジンは当時の水準では平均的な物になっていたが、プリンスはこのエンジンは完成型だという自信を込め、2年間メンテナンス不要の封印付きになっていた。

 エンジン以外にも技術的に優れた物を持っていて、例えばまるでガラスその物が無い様な無反射ガラスのメーターや1年間又は3万Kmグリスアップ不要の足回り等々。このモデルでシャーシ設計を担当した櫻櫻井 眞一郎氏はこの『無給油期間の延長化』で実験担当の奥井四良氏と共に自動車技術賞を受賞している。
1000Km毎にグリスアップが当たり前の当時としては画期的な事で、プリンス技術陣の車は単なる移動手段ではなく、人間を幸せにする道具であるべきだという理念に基づくものだった。


S50 新型車?

S57 サービスマンが暇になる

S50 G1 エンジン


 2代目スカイラインと言えば2000GT(S54B)のレース活躍ばかりがクローズアップされるが、4気筒の1500も第2回日本グランプリでは大活躍した。
GT-Ⅱクラスでは3位に終わった生沢が、この日最終レースとなった1600ccまでのツーリングカーレースでチェッカーフラッグを奪い取り、スカイラインは1位から8位までを独占している。

S50 生沢徹



 1966年8月、プリンス自動車は日産と合併し、同じモデルのまま『日産プリンス』スカイラインとなった。
同年10月のマイナーチェンジでデラックスのフロントグリルがS54型2000GTと似た様なデザインに変更され、リヤランプはスタンダード(表記は単に『スカイライン』)も同時に横長のタイプに変更された。
余談ながら、GT系のS54は丸形のテールランプを引き続き採用し、次のモデルC10型(箱スカ)の一時期を除き丸形テールランプは引き継がれスカGのトレードマークになった。

 日産に吸収された後もプリンス技術陣はスカイラインとグロリアに最新技術を注ぎ込み、グリスアップ不要の期間を次の車検までの2年間または6万Kmまでに引き上げた。これらの技術は順次日産車にも導入され、競合する他社も対抗上同等の技術を開発せざるを得なくなった。
 67年8月、デラックスのエンジンをG1型OHVからG15型OHCに換装し、リアランプは真ん中に細いモールが走る更にスマートなタイプに変更され、デラックスのフロントグリルには馬力を表す赤い『88』のバッジが輝いていた。
この新しい型エンジンはローレルに搭載されたG18型の原型になる物で、88PSという半端な数値は、合併前の日産が410型ブルーバードSSSやフェアレディに搭載していた1600cc、90PSに配慮したものだと言われている。
なおこの時点から旧プリンスのエンジンの型式は日産に倣い、排気量/100で表記される様になった。

S57 左

S57 S57 4速F

S57 表紙

S75 88馬力

S57 リア

S57 インパネ

S57 裏表紙

S57 G15エンジン

S50 スタンダード
従来のG1型エンジンを搭載したスタンダード

S57 2年間5万Km


 スカイラインは合併した日産のブルーバードと競合するため、いずれ消え去るものと思われていたが、次期モデルC10型箱スカの爆発的な人気で押しも押されもしない日産の看板車種に成長していった。
 現在のスカイラインは名前こそスカイラインだが、V35型以降エンジンはV6になり、ボディーサイズが大きくなり、スカイラインと言うよりはインフィニティG35がメインとなっている。
日産の公式見解では第33回東京モーターショーで発表されたコンセプトモデルXVLが正式なスカイラインだと説明している。しかし多くのスカイラインファンはこれが全く別の車として開発されたものでローレル又はローレル後継車がルノーから来たゴーン氏の意向で急遽スカイラインと命名された車だと言うのが大方の見方である。


日産公式HP 『スカイライン誕生秘話』
http://www.nissan.co.jp/EVENT/S-EPISODE/index.html

S50 スペック

S50 図

S50 初代スカイライン ALSI
初代スカイライン ALS


 ※ 2011年1月30日 再編集

8件のコメント

[C305] Re: 貴重な資料

 Pboxさん
ご訪問ありがとうございます。
そちらのサイトも素敵ですね。
ワタクシの様に色々うんちくを付けず、只写真を楽しむというのも良いですね。

 フェラーリ・ディノ可愛かったですねぇ・・・
それに続いた308GT-Bも憧れでした。
http://www.i-pbox.com/

 これからもどうぞお気軽に遊びに来て下さい・・・<(_ _)>
  • 2011-05-25
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C301] 貴重な資料

貴重な資料を見させていただきました。
また訪問します。

ありがとうございます!

[C211] 車狂さん

 コメントありがとうございます。
プリンスの名を世に知らしめた名車ですね。
この後の箱スカの大ヒットを見れば日産と合併する事は無かったのではと悔やまれます。
PC110もL型エンジンではなく、G7型を熟成させていけば、プリンス販売の意地との相乗効果で更に競争力は高まったのではと思います。

 スカイラインについては書きたい事は山程有るのですが、世の熱烈なプリンスファンが何処で見ているか判りませんのでシッカリと裏付けが出来ないとナカナカ書けませんが、これからもお楽しみ頂ければ幸いです。
  • 2010-01-11
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[C209] 箱スカ狂 アラ還

ハコスカ大好き 田舎者が都会で乗った名車

[C98]  プリンスの香り

 くらさん

 田舎で育った純粋な少年にはやたらメッキモールを使ったデザインがカッコ良く見えました・・・(^O^)
でも世の中には“プリンス党”があちこちに居ますから、下手な事は書けないですね。
  • 2009-08-09
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C94]

スカイライン、久しぶりにまじまじと見ましたね。
いま思うととデザイン的に野暮ったいのはどうしてなのか?
フロントなんかダッツンのトラックみたいですよね。
スカイラインはいろんな伝説がありましたね。
我が家もこの数台あとのモデルが来ましたが、結構走りましたね。
懐かしいです。
っていうとスカイライン関係者に売ってんだよ!!と叱られましょうか。

  • 2009-08-08
  • 投稿者 : くら
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[C89] GT-A

トシさん

 本当に伝説の車ですね。
赤バッチのGT-Bは滅多に見かけませんでしたね。
 桜井慎一郎さんはR31の完成間近で倒れ、一番弟子の伊藤修令氏に後を託したそうで、R30(ニューマン)が最後の作品になりそうです。
 贔屓目かも知れませんが、『美しい都市工学』からスカイラインの迷走が始まった様な・・・
  • 2009-08-07
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[C88] GT-A

 田舎でも結構見かけましたね。
あまり車が解らない歳頃だったけど初めてスポーツカーを意識した。
鼻先の長さと丸いテールランプがイカしてました。
GT-Bが赤バッジだったか、見かけるのは青バッジばかりでした。
桜井さんが手を掛けたのはR30ぐらいまでかなぁ?
  • 2009-08-06
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藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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