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[C123] 事件

 くらさん

 取り敢えずコンパーノの客を押さえておこうと言う事だったのでは?
どの時点かは判りませんが、パブリカはダイハツで作るのですからコスト的にはそれ程差がないと・・・

 ダイハツは子分だぞと世間に知らしめる意図も有ったかと思います。
  • 2009-08-20
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C122]

この “事件” も良く分かりませんでした。
需要があるから造るというのと、企業として造っていくということの差があったように覚えています。
ひょっとするとトヨタ流に需要を作り出す方向に転じたのかも知れませんね。
というくらいコンソルテとパブリカは、私の中で今でも何だったのだろうと混乱しています。

  • 2009-08-20
  • 投稿者 : くら
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[C119]

トシさん

今では資本関係の無いメーカー同士や国を越えてのOEMは珍しい事ではありませんが、国内では初めてのケースだったと思います。
その決断が現在のダイハツを築いた訳ですから、正しい選択だったと解釈すべきでしょね。
  • 2009-08-15
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C117] 双子

 こんなの有りか?でしたけど今じゃ普通。
同メーカーで双子も多くなりましたね。
コストと選択肢を考えると良い面も有ります。
安易な車造りになるの避ければの話ですが。
  • 2009-08-15
  • 投稿者 : トシ
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ダイハツ コンソルテ ベルリーナ (DAIHATHU CONSORTE BERLINA)  【EP30】

表紙-s

コンソルテ ベルリーナの登場は私に取っては衝撃的な出来事でした。
ダイハツがトヨタの傘下に入ったからにはカローラと競合し、しかも売れ行きの芳しくないコンパーノベルリーナがそのままモデルチェンジを続行出来るはずが無い事は解っていましたが、まさかダイハツが余所のメーカーの車を売る事になるとは・・・
 1969年4月にコンパーノ ベルリーナのモデルチェンジとして発表された新型車はその直前に発売されたパブリカと全く同じ車だったのです。

Dxサイド-s

リア-s

前席-s

スタンダード サイド-s

 唯一の救いはエンジンとミッションがダイハツ製だった事。
今でこそOEMは珍しい事では有りませんが、コンソルテとパブリカの外観上の違いはフロントグリルとテールランプのみで、カローラとスプリンター程の差も有りませんでした。
 スペックは当然ながらKP30型パブリカと全く同じで、重量だけは10Kg軽くなっていました。
これはエンジンとミッションの差だと思います。

P-5-s.jpg

透視図-s

 “コンパーノ“はイタリア語で『仲間』という意味でしたが、“コンソルテ”は同じくイタリア語で『親しい仲間』、『提携』を意味していました。
コンソルテの名前にはトヨタとの関係を明らかにする役目もあった様です。
 ダイハツ関係者に取っては苦渋の選択だったと思いますが、私にカタログ集めの楽しさを教えてくれた同級生が
「トヨタの下請けは可愛そうだけど、ダイハツから小型車が無くなるよりは未だマシだろう?
一番大事なエンジンは残ったし、トヨタとは違う車なんだから」
と慰められました。
 コンソルテはダイハツが軽自動車を主にし、トヨタの子会社になる決断してした象徴となる車になりました。

コンソルテ-s

スペックUP-s

図-s

4件のコメント

[C123] 事件

 くらさん

 取り敢えずコンパーノの客を押さえておこうと言う事だったのでは?
どの時点かは判りませんが、パブリカはダイハツで作るのですからコスト的にはそれ程差がないと・・・

 ダイハツは子分だぞと世間に知らしめる意図も有ったかと思います。
  • 2009-08-20
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C122]

この “事件” も良く分かりませんでした。
需要があるから造るというのと、企業として造っていくということの差があったように覚えています。
ひょっとするとトヨタ流に需要を作り出す方向に転じたのかも知れませんね。
というくらいコンソルテとパブリカは、私の中で今でも何だったのだろうと混乱しています。

  • 2009-08-20
  • 投稿者 : くら
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[C119]

トシさん

今では資本関係の無いメーカー同士や国を越えてのOEMは珍しい事ではありませんが、国内では初めてのケースだったと思います。
その決断が現在のダイハツを築いた訳ですから、正しい選択だったと解釈すべきでしょね。
  • 2009-08-15
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C117] 双子

 こんなの有りか?でしたけど今じゃ普通。
同メーカーで双子も多くなりましたね。
コストと選択肢を考えると良い面も有ります。
安易な車造りになるの避ければの話ですが。
  • 2009-08-15
  • 投稿者 : トシ
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プロフィール

藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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