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[C163] フェローMAX

 トシさん、ありがとうございます。

 初めて買ったのがフェローMAXのパーソナルでした。
信号グランプリはやりませんでしたが、エンジンオイルの供給がアクセルに連動していたので、長い坂道でアクセルを踏みっぱなしにするとプラグが被ってまるでパワーが出ない。
 Nコロに追い越されたのが悔しかった。
  • 2009-09-24
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C162] 2ストライバル

 これとフロンテが良く交差点グランプリやってました。
煙とオイルが飛んでくるのが嫌なので直後に付けないようにしていました。
CMも過激でしたし、この頃のKカーは元気でしたね。
トレッドが狭いので雪道で辛そうでした。
  • 2009-09-23
  • 投稿者 : トシ
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ダイハツ フェローMAX (FELLOW MAX) 【L38】

Fellow MAX-s

『40馬力のド根性』で有名なフェローMAXは未だに根強い人気が有るようですが、そのカタログは残念ながら今は私の手元に有りません。
何か無いかと探してみたら、カタログではありませんが発売時に配布された小冊子がありましたので、これを基にあれこれと・・・

MAX Motor sports1-s

 フェローからフェローMAXへ。
1970年4月、ダイハツはオーソドックスな箱形のフェローを若々しく先進的な車に大変身させた。
それは質実剛健なダイハツの企業イメージを根底から変えてしまう車だった。
 『最高と言わずにMAXと呼んで下さい!』
新しいフェローは当時未だ少数派のFF。
比較的長いボンネットの中にはジアコーサ式に横置きされた2ストロークエンジンが収まり、寝かされたフロントウインドーからルールパネル、リアウインドーへと続き、その後は切り落とされた2BOXスタイルでしたがハッチバックではなく、小さいながらもトランクを別に備えていた。
限られた空間を最大限に活かす為、スペアタイヤはN360同様エンジンルームに入れられた。

Hi-custom-s.jpg

Fellow MAX SS-s

Fellow MAX SS  rear-s

足回りは前輪ダブルウイッシュボーンからマークファーソン・ストラット、後輪セミトレーリングアーム独立で走りを意識した設計になっていた。

Perspective view-s

F Suspension-s

Driving system-s

 エンジンはキャリーオーバーで最初に登場したカスタム、パーソナルの標準グレードでも23PSから33PSにアップされ、7月に追加発売されたSSに至っては360ccで40PSと発表された。
もちろんこれは軽自動車史上最高で、標準エンジンでも初代のSSの最大出力32PSを上回っていた。
 ホンダN360が火付け役になった軽自動車のパワーアップ競争はこの辺りが頂点だったと思われる。

Engine-s.jpg

Performance graph-s

  ダイハツはコンパーノをベースにP-3、P-5、P-5Xでレースに参戦していたが、MAXでもモータースポーツを積極的に参戦していた。
この小冊子には田中健二郎や矢吹圭三、岡崎宏司らの当時一流のレーサーがサーキットで、寺尾慶弘がラリーでのインタビューが掲載されている。
 フェローMAXに限らず、N360やフロンテ等の尖った軽自動車達は、若者に走る喜び、極限まで攻める楽しさを教え熱い青春の想い出を残してくれた。

About Fellow MAX-s

MAX Motor sports4-s

Spec -s

4 orthogonal views-1-s



2件のコメント

[C163] フェローMAX

 トシさん、ありがとうございます。

 初めて買ったのがフェローMAXのパーソナルでした。
信号グランプリはやりませんでしたが、エンジンオイルの供給がアクセルに連動していたので、長い坂道でアクセルを踏みっぱなしにするとプラグが被ってまるでパワーが出ない。
 Nコロに追い越されたのが悔しかった。
  • 2009-09-24
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C162] 2ストライバル

 これとフロンテが良く交差点グランプリやってました。
煙とオイルが飛んでくるのが嫌なので直後に付けないようにしていました。
CMも過激でしたし、この頃のKカーは元気でしたね。
トレッドが狭いので雪道で辛そうでした。
  • 2009-09-23
  • 投稿者 : トシ
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藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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