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[C309] Re: 青春時代の鮮明な思い出


 のんさん

 コメントありがとうございます。
もう40年にもなるんですね。
あの頃の若者は個性化を競い合って居ましたかね。
今より規制が厳しい時代、少しいじっただけで“ボーソー族”と呼ばれたものでした。

 暫く滞っていますが、時々チェックして頂ければ幸いです。
  • 2011-06-27
  • 投稿者 : 藤 重行
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  • 編集

[C308] 青春時代の鮮明な思い出

40年前の話だがカペラのシャコタンは最高にカッコ良かった。
  • 2011-06-26
  • 投稿者 : のん
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  • 編集

[C12] No title

くらさん

 石油ショックはロータリーどころか、東洋工業を倒産寸前まで追い込みましたね。
その後住友銀行やフォードに支配されながらも今では世界最大のスポーツカーメーカーだそうです。

 ワタクシが車に関心を持ち始めた頃、コスモスポーツが発売になり、空飛ぶ円盤みたいにカッコイイ車だと思いました。
ここまで来るには技術者の並々ならぬ苦労と情熱が有ったからでしょうね。

 0→400m が幅をきかせていたのは矢張り石油ショックまでだった様な気がします。
  • 2009-06-30
  • 投稿者 : 藤 重行
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  • 編集

[C11] No title

ロータリーエンジンもエネルギー事情の前にはあっという間に吹っ飛んでしまいましたね。
中学生の頃(もう40年以上前のこと)、技術家庭の時間に夢のロータリーエンジンの話が出て、実現不可能みたいなことだったのですよね。
それが松田からドカーンと出て驚いたものです。

カペラ、だんだん大きくなって最後は普通の車になったような気がしますが、ほとんど記憶に無いのが私の印象かもしれません。

そういえば、0→400m なんてえのはいつまで幅をきかせていたのか!!



  • 2009-06-30
  • 投稿者 : くら
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マツダ 風のカペラ (MAZDA CAPELLA  RX-2) 【S122A SNA】

 『風のカペラ』のCMでカペラが登場したのは1970年5月でした。

c リア-ss


c サイド-ss

c フロント1-ss



 車名はぎょしゃ座 のα星からとったもので、エンジンは2ローターの12Aとレシプロ1600cc。
12Aはカペラ専用エンジンでコスモスポーツ・ファミリアロータリーファミリアの10Aのローター幅を広げたもので
573cc×2=1146cc 。
120Ps/6500rpn 16.0Kg-m/3500rpm。
レシプロは1586cc、100Ps/6000rpm、14Kg-m/3500rpm。

エンジン-ss

 車両重量はクーペ・スーパーデラックス同士で、ロータリーが960Kg、レシプロが915Kgでロータリエンジンは軽量だとうたってましたが、現実にはロータリーの方が少し重かった。
ただしパワー、トルクを比較すれば1600ccレシプロよりは確実に上回っていました。
 


c スペック-ss

 
 セダンとクーペにそれぞれロータリーとレシプロが設定され、グレードはスーパーデラックス、デラックス、標準モデルの3グレード。
デザインや足回りはエンジン程斬新とは思わなかったが、大人4人がまともに乗れるロータリーエンジンの実用車の登場は高度成長時代の象徴するようでした。

s サイド-ss

装備-ss


 ロータリーエンジンの実用化でドイツの本家NSUバンケル(現在のアウディ)を追い抜き、更に商品としてのロータリエンジン車もNSUのRo-800を足下にも寄せ付けず、以後東洋工業は世界唯一のロータリーエンジンメーカーとなりました。
(Ro-80は発売こそされましたが全く売れず、その後アウディはロータリーエンジンから撤退し、そのボディだけが親会社のVWに渡りK70に生まれ変わましたが、売れ行きが芳しくなく、後継モデルは初代パサーと名前を変え現在へと続いています。)

Ro-80-ss.jpg

レース-ss


 ロータリーエンジンはパワーや静粛性等を誇っていましたが、その数年後に起きた石油ショックと排気ガス規制の波に飲み込まれ、モデルチェンジする度にファミリーカーに変わって行きました。
後年カペラは一度消滅し数年が復活したがそれはもう『風のカペラ』ではなかった。
歴代で一番勢いの有った初代カペラのDNAは現在のアテンザに色濃く受け継がれていると思います。

4件のコメント

[C309] Re: 青春時代の鮮明な思い出


 のんさん

 コメントありがとうございます。
もう40年にもなるんですね。
あの頃の若者は個性化を競い合って居ましたかね。
今より規制が厳しい時代、少しいじっただけで“ボーソー族”と呼ばれたものでした。

 暫く滞っていますが、時々チェックして頂ければ幸いです。
  • 2011-06-27
  • 投稿者 : 藤 重行
  • URL
  • 編集

[C308] 青春時代の鮮明な思い出

40年前の話だがカペラのシャコタンは最高にカッコ良かった。
  • 2011-06-26
  • 投稿者 : のん
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[C12] No title

くらさん

 石油ショックはロータリーどころか、東洋工業を倒産寸前まで追い込みましたね。
その後住友銀行やフォードに支配されながらも今では世界最大のスポーツカーメーカーだそうです。

 ワタクシが車に関心を持ち始めた頃、コスモスポーツが発売になり、空飛ぶ円盤みたいにカッコイイ車だと思いました。
ここまで来るには技術者の並々ならぬ苦労と情熱が有ったからでしょうね。

 0→400m が幅をきかせていたのは矢張り石油ショックまでだった様な気がします。
  • 2009-06-30
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C11] No title

ロータリーエンジンもエネルギー事情の前にはあっという間に吹っ飛んでしまいましたね。
中学生の頃(もう40年以上前のこと)、技術家庭の時間に夢のロータリーエンジンの話が出て、実現不可能みたいなことだったのですよね。
それが松田からドカーンと出て驚いたものです。

カペラ、だんだん大きくなって最後は普通の車になったような気がしますが、ほとんど記憶に無いのが私の印象かもしれません。

そういえば、0→400m なんてえのはいつまで幅をきかせていたのか!!



  • 2009-06-30
  • 投稿者 : くら
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藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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