Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

-件のコメント

[C324] Re: 思い出の1200クーペ

あらはんさん

 返信が遅くなり申し訳御座いません・・・<(_ _)>

 言われてみればこのファミリアクーペにはAタイプ、Bタイプが有りましたね。なにせ今はこのカタログが手元にないもので、思い出し出し書きました・・・(^^;)
 それこそ『ファミリーカー』にコスモスポーツのエンジンを載せた訳ですから、S54スカイラインに負けない位ジャジャ馬だったであろう事は想像に難くありませんね。

 記憶が遠ざかる前にドンドン書きたいと思っては居ますが、事前調査の段階で滞って居ります。
気まぐれで書いていますのでお気楽にお付き合い下さい。

ありがとうございました。
  • 2011-10-17
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
  • 編集

[C323] 思い出の1200クーペ

はじめまして。
1960年生まれ、“アラウンド半世紀”の
「あらはん」と申します。
宜しくお願い致します。

当時、我が家に車はありませんでしたが、
叔父が「ファミリア1200クーペBタイプ」に乗っていて、
休みになると色々なところに連れて行ってくれました。
そんなこともあって、このFA3型ファミリアは
忘れられない車の一つです。

写真の1200クーペは、
タコメーターが装備されているので「Aタイプ」ですね。
一方、タコメーターの無いモデルが「Bタイプ」でした。
なお、BタイプのスピードメーターはAタイプのような
丸形ではなく、かつてのS50スカイラインに近いような、
横に長い形状でした。ついでに言えば、
フロントグリルに赤のラインが入っているのがAタイプ、
赤のラインが入っていないのがBタイプ…と教わりました。

しかし、よくよく考えてみると、
ファミリアロータリークーペは、このボディに
ロータリーエンジン(10A)を載せていたのですから、
やっぱりスゴイ車でしたね。
なお、ロータリークーペの思い出については、
「ロータリークーペE」のスレッドにて書きたいと思います。
ありがとうございました。
  • 2011-10-13
  • 投稿者 : あらはん
  • URL
  • 編集

[C277] 貼るさんDbさん

 コメントありがとうございます。
“三輪車とマツダ車が好き”
???県北の方にそんな方がいらっしゃると言う噂は耳にして居りますがもしかしたらその方ですかな?

 マツダ車の評価は不当に低いですね。
それは車の本質を知らないただの消費者が多いからだと思います。
 某T社の様に安全性や先進性よりも見栄えや豪華さに力を入れればシロートには判りやすいですからね。
そのせいで日本のモータリーゼーション、車文化はなかなかヨーロッパに追いつけないのだと言われてます。

 東洋工業の安全に対する姿勢は技術者の良心だと思います。
ロータリーエンジンの実用化についても、開発メーカーのNSUはマツダの特許を自由に使える一方的な契約だったにも拘わらずスパーダーもR0-80も取り敢えず販売しただけで、結局アウディグループ全体がVWの子会社に成ってしまいましたね。
 一時は世界中のメーカーがREの開発に乗り出しましたが、トヨタ、日産はもとより、ヤンマーディーゼルやあのヤマハさえもモノに出来ませんでしたね。

 経営的には危機的事態が何度か有りましたが、フォードの子会社から抜け出したのは個人的には嬉しいです。
とはいえ今後は何処かのメーカーと組まなければ生き残れないとは思いますが、マツダの精神を理解し独自性を認めるメーカーとの提携を強く望んでます。


 また勝手に熱くなって来ましたが、この独断と偏見に満ちた気まぐれサイトを時々ご覧いただければ幸いです。
ありがとうございました。

  • 2011-05-09
  • 投稿者 : 藤 重行
  • URL
  • 編集

[C272] こんにちは。

こちらでは初めてですが、よろしくお願い致します。

私は、特に三輪商用車から90年代までのマツダ車のファンです。もちろん、現行ロータリーやロードスターも大好きです。

そもそも父がマツダ車オンリーだったので、いつの間にか洗脳させられた?のでしょうねぇ。

さすがにコスモスポーツなどのロータリー車はありませんでしたが、K360、B360~プロシード、ルーチェバンなどなどありましたね。

当時のマツダ車の自慢は、安全について車種やグレードにより手抜きをしない作りだったことですね。

確かにクルマ作りは二流、三流などと風評がありましたが、決してそんなことはありません。

世界一流メーカーでさえ諦めたロータリーを成功させた技術を持っているのですから。

今風にいえば、業界の情報操作的なことがあったのでは?と思ってみたりします。

小さな車でも安全合わせガラスを採用していることは昔から知っておりました。とても自慢でしたね。

当時、近所にあったト〇タの初代・・・は高級車の部類だったにもかかわらず強化ガラスでしたから。

ところで仙台が居住地でいらっしゃるんでしょうか?
よく仙台は行くものですから。

文面に熱が入ってしまいましたが、また寄らせてください。
ありがとうございました。

[C269] Re: タイトルなし

 トシさん、何時もありがとうございます。
震災で滞ってますが、そろそろ再開しなければと思ってます。

 このファミリアはマツダの小型車では初の大ヒット作だと思います。
ロータリークーペは現在のRX8の先祖に当たる車で、頑張れば買える値段に成りましたね。
個人的には縁が有りませんでしたが、コスモスポーツは今でも憧れの1台です。
  • 2011-04-21
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
  • 編集

[C268]

 見てなかったです。
懐かしいですね。
ロータリーが身近になった車でしたね。
乗りたいと思ったけど叶ったのは最近でした。
ひと味違う車とエンジンでした。
機会があればもう一度、おむすびを回したい。
出来れば初代コスモ希望♪
  • 2011-04-19
  • 投稿者 : とし
  • URL
  • 編集

[C267] ありがとうございます。

 猫二匹さん

 ご心配お掛けしました。
ワタクシが住んでいる所は仙台市でも比較的中心部に近い所なので津波は影響が有りませんでした。
 マンションの壁に亀裂が入りましたが立て替えを要するほどではなさそうです。
現在は電気も水道も使える様になりました。
風呂はプロパンガスの友人宅でお世話になっています。
 幸いワタクシを始め交友関係は農家の出身者が多いので米だけは不自由しませんでした。
周囲のスーパーも品数は少ないですが時間限定で営業していますので贅沢を言わなければガソリン以外困っている物は有りません。
お心遣いに感謝致します。

  • 2011-03-27
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
  • 編集

[C266] こんばんは

藤さんが、震災に遇われたのでないかと心配しておりました。ファミリア誉めて頂き嬉しいです。
  • 2011-03-24
  • 投稿者 : 猫二匹
  • URL
  • 編集

[C265] Re: こんばんは

猫二匹さん

 返信が遅くなり申し訳ございません。
順番が入り乱れていまますが、マツダを語る上でこの2代目ファミリアは欠かせない存在だと思います。
 私の生まれ育った田舎町ではマツダの直営店が無く、整備工場で扱っているだけでした。
当然高校生がカタログを下さいと言った処で満足な対応をされる訳もなく、ファミリアに限らずマツダ車のカタログは手持ちが乏しい状態です・・・(^_^;)

 偶然にも父上がこの車に乗っていらしたとの事ですが、それは賢明な選択だったと思います。
あの頃はトヨタが一流で日産は次代点、その他のメーカーは二流三流という様な風潮が有りましたが、日本人の虚栄心をくすぐるCカーではなく、素人には見えない安全性や材質にまで拘ったマツダ車を選んだ父上は世の中に流されない自分をしっかり持っていた方だったと思います。
 私は軽の中古車でも良いから自分の車が欲しいと思ってましたが、この次代にファミリアに乗っていたのは結構裕福な家庭だと思いますよ。
  • 2011-03-22
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
  • 編集

[C264] こんばんは

びっくりです。この車は、我が家に昭和44年の5月からたった4年間だけ居てくれた最初に父親が新車で買った車でした。白い4ドア1000DX最初の写真そのものです。平凡な車なのでこちらでとりあげられるとは思いませんでした。中古のB360の後に来た車で、でかけた思い出も有りますがどちらかと言うと休みの度に親父が磨きまくってピッカピカにしてました(笑)ウチは、貧乏だったので父親はトヨタが買えずマツダでした(泣)型式がこんなでエンジンも父親自慢のアルミは聞いていたので知ってましたがクロスフローだったとは知りませんでした。合わせ硝子の事も知りませんでした。色々思い出して来ましたが長くなるので辞めます。藤さんありがとうございます。
  • 2011-03-10
  • 投稿者 : 猫二匹
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

新規
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

-件のトラックバック

トラックバックURL
http://ah5243.blog72.fc2.com/tb.php/87-6fde1b78
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

マツダ 白いファミリア ( FAMILIA) 【SPB・STA】

SPBファミリア 1000広告


  東洋工業初のヒット作とも言える2代目ファミリアの登場は1967年11月だった。
当初は1000ccのセダンのみで、クーペは初代が継続販売された。
 ブルーバードに続きフロントドアの三角窓を廃したシンプルなデザインで、ボディサイズはカローラやサニー、スバル1000より全長が若干短い3795mm。
全幅はカローラとほぼ同じ1480mm で全高は標準的な1390mmだった。

 ファミリアで特筆すべきはこの時代にこのクラスでフロントに合わせガラスを採用していた事である。
 現在は当たり前に使われている合わせガラスは、ガラスとガラスの間に樹脂をサンドイッチした物で、衝撃を受けると筋状にヒビが入るだけだが、当時一般的だった強化ガラスは、蜘蛛の巣状にヒビが入り視界が妨げられて更に風圧や振動で車内に崩れ落ちると危険なだけでなく、その破片が隙間に入り込み修理後も暫くはその破片が少しずつ落ちてくる厄介な物だった。

SPB 4ドア Dx
4ドアデラックス

SPB 1000パーソナル
  4ドアパーソナル


 エンジンは初代からのキャリーオーバーでその名の由来になったアルミ合金製で水冷、987ccOHV、直列4気筒。
形式は、プッシュロッドを駆動するカムシャフトを高い位置にしたハイカムシャフトOHVでカローラと同じくだったが、バルブ配置は一直線に並べたカローラとは違い、半球型の燃焼室に吸気と排気をV型に向かい合わせたクロスフロー方式で吸排気をスムーズにし、燃焼室の表面積を小さくした高出力設計だった。
 またクランクシャフトはこのクラスとしては贅沢な5ベアリングで、ラジエーターも密封式を採用していた。
出力は58Ps/6000rpm 7.9Kgm/3500rpmで1000ccとしてはやや高めだった。
価格競争の激しい大衆車にこの様なコストの掛かる物を採用したマツダに、技術者の良心が感じられる。

STA エンジン


 その後ライバル他車同様に次々とバリエーションを追加し、’68年2月には4ドア1200、5月に2ドア1200が追加され翌年7月にはロータリークーペ、9月には同じボディに1200ccレシプロエンジンと搭載したクーペ1200が登場した。
 ワイドバリエーション化は当時の常識だったが、ファミリアでユニークだったのは『オリジナル』とロータリーエンジン搭載車の存在だった。
オリジナルは最低限の装備で価格は2ドアで36.8万円、4ドアでも39.8万円とキャロルのデラックスよりも安かったが、決して安車では無かった。
ボディ、エンジン、足回りなどはデラックスと同じで、好みにより各種キットとオプション部品を組み合わせ自分なりの車に仕上げる素材としてのファミリアだった。
 日本初のフルチョイスは1970年にトヨタがセリカで導入したとされるが、商業科はこちらの方が先だったと思われる。
(ロータリークーペに付いては別記事をご参照願います。)

SPB 2ドア オリジナル
  2ドアオリジナル


STA 1200 2ドアDlx

STA 1200 2ドアDlx リア
  1200 2ドアデラックス


STA 1200クーペ 白
  1200クーペ

STA 1200クーペ  インパネ
  1200クーペ インパネ


SPB 4ドアDx スペック




RX85
 クーペと同じボディにコスモスポーツ用ロータリーエンジンを搭載した
 ロータリークーペのプロトタイプ 【RX85】

10件のコメント

[C324] Re: 思い出の1200クーペ

あらはんさん

 返信が遅くなり申し訳御座いません・・・<(_ _)>

 言われてみればこのファミリアクーペにはAタイプ、Bタイプが有りましたね。なにせ今はこのカタログが手元にないもので、思い出し出し書きました・・・(^^;)
 それこそ『ファミリーカー』にコスモスポーツのエンジンを載せた訳ですから、S54スカイラインに負けない位ジャジャ馬だったであろう事は想像に難くありませんね。

 記憶が遠ざかる前にドンドン書きたいと思っては居ますが、事前調査の段階で滞って居ります。
気まぐれで書いていますのでお気楽にお付き合い下さい。

ありがとうございました。
  • 2011-10-17
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
  • 編集

[C323] 思い出の1200クーペ

はじめまして。
1960年生まれ、“アラウンド半世紀”の
「あらはん」と申します。
宜しくお願い致します。

当時、我が家に車はありませんでしたが、
叔父が「ファミリア1200クーペBタイプ」に乗っていて、
休みになると色々なところに連れて行ってくれました。
そんなこともあって、このFA3型ファミリアは
忘れられない車の一つです。

写真の1200クーペは、
タコメーターが装備されているので「Aタイプ」ですね。
一方、タコメーターの無いモデルが「Bタイプ」でした。
なお、BタイプのスピードメーターはAタイプのような
丸形ではなく、かつてのS50スカイラインに近いような、
横に長い形状でした。ついでに言えば、
フロントグリルに赤のラインが入っているのがAタイプ、
赤のラインが入っていないのがBタイプ…と教わりました。

しかし、よくよく考えてみると、
ファミリアロータリークーペは、このボディに
ロータリーエンジン(10A)を載せていたのですから、
やっぱりスゴイ車でしたね。
なお、ロータリークーペの思い出については、
「ロータリークーペE」のスレッドにて書きたいと思います。
ありがとうございました。
  • 2011-10-13
  • 投稿者 : あらはん
  • URL
  • 編集

[C277] 貼るさんDbさん

 コメントありがとうございます。
“三輪車とマツダ車が好き”
???県北の方にそんな方がいらっしゃると言う噂は耳にして居りますがもしかしたらその方ですかな?

 マツダ車の評価は不当に低いですね。
それは車の本質を知らないただの消費者が多いからだと思います。
 某T社の様に安全性や先進性よりも見栄えや豪華さに力を入れればシロートには判りやすいですからね。
そのせいで日本のモータリーゼーション、車文化はなかなかヨーロッパに追いつけないのだと言われてます。

 東洋工業の安全に対する姿勢は技術者の良心だと思います。
ロータリーエンジンの実用化についても、開発メーカーのNSUはマツダの特許を自由に使える一方的な契約だったにも拘わらずスパーダーもR0-80も取り敢えず販売しただけで、結局アウディグループ全体がVWの子会社に成ってしまいましたね。
 一時は世界中のメーカーがREの開発に乗り出しましたが、トヨタ、日産はもとより、ヤンマーディーゼルやあのヤマハさえもモノに出来ませんでしたね。

 経営的には危機的事態が何度か有りましたが、フォードの子会社から抜け出したのは個人的には嬉しいです。
とはいえ今後は何処かのメーカーと組まなければ生き残れないとは思いますが、マツダの精神を理解し独自性を認めるメーカーとの提携を強く望んでます。


 また勝手に熱くなって来ましたが、この独断と偏見に満ちた気まぐれサイトを時々ご覧いただければ幸いです。
ありがとうございました。

  • 2011-05-09
  • 投稿者 : 藤 重行
  • URL
  • 編集

[C272] こんにちは。

こちらでは初めてですが、よろしくお願い致します。

私は、特に三輪商用車から90年代までのマツダ車のファンです。もちろん、現行ロータリーやロードスターも大好きです。

そもそも父がマツダ車オンリーだったので、いつの間にか洗脳させられた?のでしょうねぇ。

さすがにコスモスポーツなどのロータリー車はありませんでしたが、K360、B360~プロシード、ルーチェバンなどなどありましたね。

当時のマツダ車の自慢は、安全について車種やグレードにより手抜きをしない作りだったことですね。

確かにクルマ作りは二流、三流などと風評がありましたが、決してそんなことはありません。

世界一流メーカーでさえ諦めたロータリーを成功させた技術を持っているのですから。

今風にいえば、業界の情報操作的なことがあったのでは?と思ってみたりします。

小さな車でも安全合わせガラスを採用していることは昔から知っておりました。とても自慢でしたね。

当時、近所にあったト〇タの初代・・・は高級車の部類だったにもかかわらず強化ガラスでしたから。

ところで仙台が居住地でいらっしゃるんでしょうか?
よく仙台は行くものですから。

文面に熱が入ってしまいましたが、また寄らせてください。
ありがとうございました。

[C269] Re: タイトルなし

 トシさん、何時もありがとうございます。
震災で滞ってますが、そろそろ再開しなければと思ってます。

 このファミリアはマツダの小型車では初の大ヒット作だと思います。
ロータリークーペは現在のRX8の先祖に当たる車で、頑張れば買える値段に成りましたね。
個人的には縁が有りませんでしたが、コスモスポーツは今でも憧れの1台です。
  • 2011-04-21
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
  • 編集

[C268]

 見てなかったです。
懐かしいですね。
ロータリーが身近になった車でしたね。
乗りたいと思ったけど叶ったのは最近でした。
ひと味違う車とエンジンでした。
機会があればもう一度、おむすびを回したい。
出来れば初代コスモ希望♪
  • 2011-04-19
  • 投稿者 : とし
  • URL
  • 編集

[C267] ありがとうございます。

 猫二匹さん

 ご心配お掛けしました。
ワタクシが住んでいる所は仙台市でも比較的中心部に近い所なので津波は影響が有りませんでした。
 マンションの壁に亀裂が入りましたが立て替えを要するほどではなさそうです。
現在は電気も水道も使える様になりました。
風呂はプロパンガスの友人宅でお世話になっています。
 幸いワタクシを始め交友関係は農家の出身者が多いので米だけは不自由しませんでした。
周囲のスーパーも品数は少ないですが時間限定で営業していますので贅沢を言わなければガソリン以外困っている物は有りません。
お心遣いに感謝致します。

  • 2011-03-27
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
  • 編集

[C266] こんばんは

藤さんが、震災に遇われたのでないかと心配しておりました。ファミリア誉めて頂き嬉しいです。
  • 2011-03-24
  • 投稿者 : 猫二匹
  • URL
  • 編集

[C265] Re: こんばんは

猫二匹さん

 返信が遅くなり申し訳ございません。
順番が入り乱れていまますが、マツダを語る上でこの2代目ファミリアは欠かせない存在だと思います。
 私の生まれ育った田舎町ではマツダの直営店が無く、整備工場で扱っているだけでした。
当然高校生がカタログを下さいと言った処で満足な対応をされる訳もなく、ファミリアに限らずマツダ車のカタログは手持ちが乏しい状態です・・・(^_^;)

 偶然にも父上がこの車に乗っていらしたとの事ですが、それは賢明な選択だったと思います。
あの頃はトヨタが一流で日産は次代点、その他のメーカーは二流三流という様な風潮が有りましたが、日本人の虚栄心をくすぐるCカーではなく、素人には見えない安全性や材質にまで拘ったマツダ車を選んだ父上は世の中に流されない自分をしっかり持っていた方だったと思います。
 私は軽の中古車でも良いから自分の車が欲しいと思ってましたが、この次代にファミリアに乗っていたのは結構裕福な家庭だと思いますよ。
  • 2011-03-22
  • 投稿者 : 藤重行
  • URL
  • 編集

[C264] こんばんは

びっくりです。この車は、我が家に昭和44年の5月からたった4年間だけ居てくれた最初に父親が新車で買った車でした。白い4ドア1000DX最初の写真そのものです。平凡な車なのでこちらでとりあげられるとは思いませんでした。中古のB360の後に来た車で、でかけた思い出も有りますがどちらかと言うと休みの度に親父が磨きまくってピッカピカにしてました(笑)ウチは、貧乏だったので父親はトヨタが買えずマツダでした(泣)型式がこんなでエンジンも父親自慢のアルミは聞いていたので知ってましたがクロスフローだったとは知りませんでした。合わせ硝子の事も知りませんでした。色々思い出して来ましたが長くなるので辞めます。藤さんありがとうございます。
  • 2011-03-10
  • 投稿者 : 猫二匹
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

新規
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

0件のトラックバック

トラックバックURL
http://ah5243.blog72.fc2.com/tb.php/87-6fde1b78
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Appendix

プロフィール

藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

最新記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。