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[C279] とし さん

 んん・・・・
確かにあの次代の軽自動車は狭かったですからねぇ・・・・(^_^;)
コンパーノやサニー、多分カローラだって今のKカーより室内幅以外は狭かったでしょうからね。
 
 でも自分で調べて驚きました。
Kハッチバックの元祖はミニカ'70だったんですね。
名前を忘れましたが、プリウスやインサイトのトランク上部のスモークガラスもスキッパーが最初だったと思います。
  • 2011-05-09
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C278] 田舎おやじ さん

 コメントありがとうございます。

 この車はN360やフロンテほど尖ってなくてシンプルな中にも新しさと実用性が盛り込まれてましたね。
当社は意外にも水冷よりも空冷の方が人気が出て、急遽スーパーDx並の装備をした空冷エンジン車をハイDxとして売り出しましたが、次第に水冷に移行してスポーティーDxやSSやGSS等過激なバージョンが投入され、第一次軽自動車戦争を彩りましたね。

 気まぐれに言いたい放題で書いてますが、時々遊びに来て頂ければ幸いです・・・<(_ _)>
  • 2011-05-09
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C274]

 この頃の軽は運転した事がない。
実は最高に太っていた頃で狭くてハンドル操作がままならなかった(^^;。
乗りたい車は多かったが結局、普通車を買えるまで我慢だった。
ハッチバック好きとしては気に入ってましたね。
  • 2011-05-08
  • 投稿者 : とし
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[C273]

はじめまして
ミニカ70スポーティーデラックスに兄が乗ってました。
私も運転しましたが結構走ってくれました。
本人はGSSが欲しかったそうですが、買えなかった
そうです。
懐かしい車です。
  • 2011-05-08
  • 投稿者 : 田舎おやじ
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三菱 ミニカ’70 (MINICA ‘70)

'70 表紙
 

'69年7月、クライスラーとの合弁で『三菱自動車工業』の立ち上げを目前に三菱重工はようやく新しい軽自動車を発売した。
その名は『ミニカ’70』
初代ミニカは商用車ベースで、良く言えば質実剛健。悪く言えば時代遅れの車で、ホンダN360を筆頭とする新時代の軽自動車戦争に勝ち目は無かった。
 新しいミニカの駆動方式は他社がFFやRRを採用する中でも初代と同じFRだったが、ボディを梯子型フレームに載せた物からモノコック構造とし、バンの後ろ部分を切り落としたものから『ウイング フロー ライン』と命名されたデザインのスッキリしたハッチバックに変わった。
これに伴い車重はスーパーDx比で740Kgから455Kgと実に285Kgも軽量化された。
翼をイメージして『リア・フラップ』と名付けられたハッチバックは現在ではコンパクトカーの定番だが、軽自動車にハッチバック採用したのはミニカ’70が初めてだった。
三菱は’67年にコルト1000Fで採用しているが他車にはないその便利さが徐々に浸透しミニカの人気を後押しした。


'70 バリエーション

'70 ドア

'70 リアフラップ

'70 バリアブルトランクルーム

 スタイルだけではなく内装もより乗用車らしくなった。
この頃三菱はシートに力を入れ、軽自動車にさえフランスBF社と共同開発された物を採用していた。

'70 ダッシュボード

'70 前席

'70 シート


 エンジンは先代からのキャリーオーバーの空冷と水冷の共に2サイクル2気筒だったが、空冷のイエローエンジンME24D型は21Psから26Pに、水冷のレッドエンジン2G10型は23PSから28PSにパワーアップされていた。
水冷の2G10型のラジエータは当時としては贅沢なコルゲート・フィン式(段ボールの様に隣り合ったチューブの両方に接するジグザグ状のフィンを設けたもの)が採用された連続高速回転に対応した物だった。
このエンジンは後にSUツインキャブが装着され、38Ps/7000rpm 3.9Kgm65/00rpmまでチューンアップされて最速グレードのGSSに搭載された。

'70 エンジン



 足回りは前輪を横置きリーフスプリングによるWウイッシュボンからコイルスプリングに依る、マクファーソンストラットに変わった。この方式はスペース効率が良くボディの高い位置で支える為にロール方向の踏ん張りが効き、しかもコストが低い為各メーカーが先を争う様に採用していた。
後輪はリジッドアクスルながらリーフスプリングからコイルスプリングに代えた5リンク式になっていた。
 これは翌’70年に発売されたトヨタ・カリーナやセリカと同じ方式で、接地性と乗り心地の大幅な改善が実現された。
またリーフスプリングでは車軸から有る程度離れた前後の位置でボディをマウントしなければならないが、リンク式は車軸上にコイルスプリングを置き、リンクはそれよりも前に配置できるのでホイールベースの延長が可能になった。
その寸法は僅か10mmだが、全長3mの軽自動車で10mmの差は大きく、それにより操縦安定性と乗り心地が更に改善され、もう何処にも商用車の匂いはなかった。


'70 メカ


 車自体も変わったが、三菱のイメージも変わった。
それまでの三菱車のイメージは重くて無骨なデザインで丈夫が取り柄。
広告も重役風のオジさんや制服姿のOLが多く真面目で堅苦しいものだったが、ミニカ’70の表紙はいきなり水着の若い男女が登場している!
 ミツビシはその年の暮れに発売したコルト・ギャランヒットさせ、業界3位の座を東洋工業と争う事になった。

'70 仕様

'70 2面図

4件のコメント

[C279] とし さん

 んん・・・・
確かにあの次代の軽自動車は狭かったですからねぇ・・・・(^_^;)
コンパーノやサニー、多分カローラだって今のKカーより室内幅以外は狭かったでしょうからね。
 
 でも自分で調べて驚きました。
Kハッチバックの元祖はミニカ'70だったんですね。
名前を忘れましたが、プリウスやインサイトのトランク上部のスモークガラスもスキッパーが最初だったと思います。
  • 2011-05-09
  • 投稿者 : 藤 重行
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  • 編集

[C278] 田舎おやじ さん

 コメントありがとうございます。

 この車はN360やフロンテほど尖ってなくてシンプルな中にも新しさと実用性が盛り込まれてましたね。
当社は意外にも水冷よりも空冷の方が人気が出て、急遽スーパーDx並の装備をした空冷エンジン車をハイDxとして売り出しましたが、次第に水冷に移行してスポーティーDxやSSやGSS等過激なバージョンが投入され、第一次軽自動車戦争を彩りましたね。

 気まぐれに言いたい放題で書いてますが、時々遊びに来て頂ければ幸いです・・・<(_ _)>
  • 2011-05-09
  • 投稿者 : 藤 重行
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[C274]

 この頃の軽は運転した事がない。
実は最高に太っていた頃で狭くてハンドル操作がままならなかった(^^;。
乗りたい車は多かったが結局、普通車を買えるまで我慢だった。
ハッチバック好きとしては気に入ってましたね。
  • 2011-05-08
  • 投稿者 : とし
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[C273]

はじめまして
ミニカ70スポーティーデラックスに兄が乗ってました。
私も運転しましたが結構走ってくれました。
本人はGSSが欲しかったそうですが、買えなかった
そうです。
懐かしい車です。
  • 2011-05-08
  • 投稿者 : 田舎おやじ
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藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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