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スバル1000 (SUBARU 1000) 【A512→A12】      《2013.年7月1日再々編集》

1 A522


  富士重工初の量産小型車、スバル1000は1966年5月に発売された。
ボディサイズはカローラと幅、高さはほぼ同じで長さがカローラの3,855mmより若干長い3,930mmだったが、ホイールベースは115mmも長い2,400mm(後に2420mmに延長)も有った。
 またタイヤもこのクラスは12インチが標準だったが、スバル1000は5.50-13-4P とワンサイズ大きく、重量はカローラより45Kgも軽量だった。
 前輪の前にはラジエーターをはじめエンジン、デフ、クラッチが有るため、後輪は異常なほど後ろに配置されていた。
その結果前後のオーバーハングの差はたったの45mm。
「遠くから見たら、どちらが前か後ろか判らない」
と言われたものだった。
 また前輪のトラクションを稼ぐため、スペアタイヤもエンジンルームに納められ、この方式は後のホンダN360やダイハツ フェローマックス等にも採用された。


2 A522 スーパーDx 2

2 A522 スーパーDx 3

4 A522 スタンダード

スバル1000SS スポーツセダン

A522 説明透視図


 足回りもかなり個性的で、前輪はダブルウイッシュボーンにトーションバー(ねじり棒)スプリング。通常はタイヤ内側のハブに有るべきブレーキはエンジン横のドライブシャフトに付けたインボードタイプだった。
 これはかなり特殊なシステムで、バネ下荷重を減らす効果が有り、ブレーキをハブから追い出す事によりステアリングを切った時にタイヤの向きを変える軸(キングピン)の位置をタイヤの真ん中に持って来る事が出来た。
未だパワーステアリング等無かった時代、スバルはこのシステムでハンドルを軽くする設計をしていた。

  そして後輪はトレーリングアームで、トーションバースプリングとコイルスプリングを併用したスバル伝統の四輪独立縣架だった。
前後とも採用されたトーションバースプリングはスバル360で苦労して開発したものだった。
 面白いには車高調整機能が付いていた事だ。
前輪はフロントバンパー下トーションバースプリングの支持部の直ぐ隣にカムがあり、これを専用工具で回す事によりトーションバーの取り付け角度が変わり車高が変化する。

A12 車高調整カム R右前輪車高調整装置

  写真で“R”マークが付いて右上にボルトが見えるのがトーションバースプリングで、その隣に扇状で六角ボルトが着いた物がカムである。
後輪はトランクルーム中央の底に有るため写真は無いが、2本のトーションバースプリングが結合された様に見える部分の六角ボルトを捻る事により同じく角度が変わる構造だった。

A12 車高調整カム L左前輪車高調整装置



 プロペラシャフトが無い床は排気管もセダンはセンターから運転席側のサイドシルに、SSは両サイドに振り分けて移した為床面は真っ平らで、長いホイールベースと相まって広い室内を実現していた。
室内の写真を見ていただけば判るが、リアシートの端にはタイヤハウスの出っ張りも無い。
この広さは一クラス上のコロナやブルーバードに負けないものだった。

5 A522 室内

5 A522 シート

6 A522 センターピボット

6 A522 四輪独立縣架

 
  水冷OHV水平対向のEA52型エンジンは当時の量産車としては世界中に類の無い物だったが、冷却方式もユニークだった。
通常はエンジンに直結するファンでラジエーターを冷やすのが一般的だったが、エンジンが冷えていても回り続けるファンはウオーミングアップを遅らせてパワーロスが大きくなる。
 スバル1000が採用したデュアルラジエーター方式は大小二つのラジエーターに冷却水を流し温度制御するシステムだった。
  エンジンが暖まると先ずサブラジエーターに冷却水を流して冷却温度をコントロールする。
水温が上がればメインのラジエーターにも流し、更に上がった場合にはサブラジエーター付けた電動ファンで冷やすシステムだった。
 このサブラジエーターファンはヒーターとしても活用され、通常のシングルラジエーター・エンジン直結ファンタイプに比べてウオーミングアップ早い利点も有った。
ヒーターの必要がない夏場は、サブラジエーターからのダクト途中に温風をエンジンルームに放出するシャッターが設けられた。
当然外気導入だけで内規循環の設定は無く、夏場にデフロスターを使用すると嫌でも熱風が出るのは致し方がない事だった。
 因みにスタンダードでもヒーターを標準装備というのもスバル1000の売りだった。

A12 エンジンルーム  エンジンルーム

A12 ヒーターダクト ヒーターダクト  運転席からのワイヤーでシャッターを切り替える



 ラジエーター-s

7 A522 エンジン

8 A522 ファミリーカー

 このカタログを見て思わず苦笑したのがこのページ。
余所のメーカーならモデルさんが写って居そうなものですが、この人はどう見ても関係者では?
このお父さんの顔にスバルの生真面目さを感じるのは私だけでしょうか?

3 A522 デラックス


スバル1000 ’2005東京モーターショー
   ’2005東京モーターショー 展示車 

9 A522 仕様

9 A522 2面図



 翌’67年6月には一部改良が行われ、この時期かどうかは定かでは無いがホイールベースが20mm延長され、型式もA512からA12に変更された。

11月には67PSにパワーアップして国産初のラジアルタイヤを標準装備にした2ドアのSS(スポーツセダン)を発売し、’69年10月には4ドア版のスーパーツーリングを追加した。

 エンジンは基本的に同じだが、EA53型はシリンダーヘッドやクランクシャフト等を新設計し、圧縮比を9から10に上げてツインキャブを装備し馬力は12ps高い67ps/6600rpm、トルクは0.4Kgm高い8.2Kgm/4600rpmの出力だった。
ギヤ比、最終減速比ともに変更は無かったが前輪ブレーキは当然ディスクブレーキが採用され、ピニオン・ラックのステアリングギヤ比は16.85から14.80とクイックに設定されていた。
またこのSSには国産初となるラジアルタイヤが標準装備された。

スバル1000SS ’67 東京モーターショー
    ’67東京モーターショーに展示されたSS


21 A12 スポーツセダン 1

21 A12 スポーツセダン 2

22 A12 SS インパネ 1

23 A12 SS 室内 1

24 A12 SS メカ 1

25 A12 SS 仕様 1



スバル1000 SS-s



 縦置き水平対向エンジンに依るFFの車は横置きタイプに比べスペース効率的には不利だったが、駆動系が左右対称になるためドライブシャフトの長さも左右等長で、急激な発進や加速時にハンドルが取られるトルクステアも発生しないバランスのとれた物だった。
 それは後にレオーネ4WDへと発展し、レガシィが高速型4WDの道を切り開きインプレッサに依るWRC制覇へと続くテクノロジーの始まりでもあり、決して美しいとは言えないこの車に詰め込まれた技術者の良心と魂は、並々ならぬものが感じられた。

A12 六連星 



  余談ですが・・・・

 1971年のトリノショーに当時経営危機により国有化されていたアルファロメオから初めての大衆車、アルファスッドという車が発表されました。
国内シェアの80%を持つフィアットは大衆車がメインで、第2位のアルファ ロメオはスポーツカーと棲み分けが出来ていたため反対を表明したが、政府の南イタリア工業化政策に沿い、ナポリ近郊の新工場で誕生した。
 フィアットの反対を押し切り発売された車は、それまでのアルファのイメージとはかけ離れた水平対向エンジンを積んだFFで、インボードディスクブレーキまで備えていたため『スバルのコピーだ!』と話題になったものです。
 もっとも、スバル360だって『VWビートルのコピーだ』と言われた訳ですから、文句は言えませんがね。




アルファスッド 

アルファースッドリア

 アルファロメオ アルファスッド(Alfa Romeo Alfasud)
全長3890mm 全幅1590mm 全高1370mm ホイールベース2445mm 重量830Kg
エンジン OHC水平対向4気筒 内径80mm 行程59mm 1186cc 63ps/6000rpm 9.8Kgm/3500rpm


ダイハツ フェローMAX 4ドア (DAIHATHU FELLOW MAX 4Dr) 【L38】

1 L38 4 表紙

 前年8月に発売されたハードトップに続き、‘72年10月16日、ダイハツはフェローMAXに4ドアを追加発売した。
先行発売して好評を博したホンダ ライフの影響も有ったかも知れないが、この頃になると軽自動車のパワー競争も治まり、人々は実際には使えない最高速度よりも便利さ、快適さや豪華さを求める様になってきた。
 全体のスタイルは2ドアよりも丸みを帯びていた。Cピラーは太くガーニッシュが追加されて豪華さが増し、トランクリッドも2ドアの逆反りから膨らみのあるデザインに変わり、リアコンビネーションランプは一体型にしてバックランプをバンパーに組み込んでいた。
 内装は見た目に変化はないが遮音材の追加や改良をして、エンジンマウントをそれまでの3点から4点式に変更して静粛性を高めていた。
 グレード展開もハイカスタム、カスタム、デラックスの上級3ドアタイプだけでスタンダードやスポーツタイプの設定はなく、2ドアよりファミリー志向が強く豪華さを感じさせるものだった。

2 L38 4 ドア

3 L38 4 Hiカスタム

4 L38 4 カスタム

5 L38 4 デラックス

6 L38 4 インパネ

6 L38 4 室内


 エンジンは排気ガス規制に適合させるための改良を受け、ZM8を改良したZM12になった。
圧縮比を10.0から9.0に下げ出力は3ps下げられて31ps/6000rpm、最大トルクは3.7Kgmで変わりはないが回転数が500dpm低い5000rpmになり、パワーよりも使いやすさに振られ、ラジエーターにはリザーブタンクが追加されて日常的な点検の煩わしさが必要なくなった。

7 L38 4 エンジン

7 L38 4 エンジン性能曲線

 他のメカは前輪マクファーソン・ストラットにコイルスプリング、後輪セミトレーリングアームにコイルスプリングの四輪独立縣架やピニオンラックのステアリング等基本構造に違いはなかった。
ドア以外の寸法はホイールベースを含めて2ドアと同じだったので、運転席に座り右足を伸ばせば前輪のタイヤハウスに当たり、ペダル類は左にオフセットされたままだった。
これを多少なりとも緩和しようという訳か、ステアリングポストにはチルト機構が有ったが、その調整はホイールレンチを使わなければ出来ないのが残念だった。

8 L38 4 透視図


8 L38 4 フロントメンバー 説明
左右のドライブシャフトの長さにかなり差がありトルクステアが発生し易かった。


また安全対策にも力を入れ4ドア化に伴いリアドアにチャイルドセフティロックを追加し、ウインドウオッシャー、パッシングライト、速度警報装置は標準装備。オプションではあるが衝撃吸収ステアリングを用意していた。
アメリカで強化された安全基準が影響が日本国内にも影響を与え、輸出を前提としない大衆車や軽自動車でも全対策を無視できない時代に入ったと言えるかも知れない。

9 L38 4 安全

9 L38 4 仕様

 
 同時期に販売されていた2ドアモデル


L38 2Dr Hiカスタム
  2ドア ハイカスタム

L38 2Dr SS
  2ドア SS

スバルff-1 (SUBARU ff-1) 【A12】            2013年6月28日追記

表紙-s
 
スバルの小型車1000は1969年3月、マイナーチェンジと同時に排気量を1100ccにアップし、同時に『ff-1』に改称した。
この頃1000ccクラスのいわゆる大衆車は競争が激化し、メイン市場が800ccから1000ccに移行していましたが、カローラの『プラス100ccの余裕』の大成功が更に上のクラスでも需要がある事を証明し、スバル1000やコルト1000Fも後を追う様に税金面で不利な事は承知の上で1100ccに排気量をアップさせた。

 当然基本的なスタイルやメカは殆ど変更が無く、水平対向エンジンに依るFF、前輪ダブルウイッシュボーン、トーションバースプリング独立、後輪トレーリングアーム、トーションバー&コイルスプリング併用の足回りもそのままでデュアルラジエーターやインボードブレーキも健在である。
ただタイヤは5.50-13-4Pから6.15-13-4PRのロープロフィールに変更されている。
国内初のラジアルタイヤ標準装備のSSは145-SR13で変更なし。

Spe-Dx サイド-s

Spe-Dx フロント-s

Dxフロント-s

Dx interior-s

Spe-Dx リアr-s

about ff-1-s

 エンジンはストロークは60mmのままボアを72mmから76mmに広げ7PSアップの62PS。
スバルのボアアップだけによる排気量増はここから始まった。
水平対向エンジンの排気量をアップさせる場合、ストロークを伸ばすとクランクシャフトやクランクケースだけでなく、向かい合うシリンダーブロックも伸ばす必要が出てくる。
当然その寸法は倍になりエンジンの幅が大きくなる。
その結果タイヤハウスの設計変更や前輪の切れ角小さくするか車幅を広げる必要が出てきてかなりのコスト高になってしまう。
 そこでストロークはそのまま、ボアだけをアップすればシリンダーの肉厚を削りピストンを大きくする方が簡単に(?)出来る。
スバルはこの方法で後にレオーネ用の1600ccまで排気量をアップさせているが、排気量が大きくなれば肉厚は薄くなるのにシリンダー内壁に掛かる圧力は大きくなる。
基本エンジンはそれを見込んで設計されていたとは思うが、その技術は並ではない。
VWビートルもボアアップで排気量を大きくしていったが、60パーセントも排気量をアップさせたエンジンはスバルより他には無いと思われる。

 富士重工が最初からそれを意識していたかどうかは不明だが、水平対向エンジンは向かい合うピストン同士がバランスを取り合うのでバランスウエイトを小さく出来る。
と言う事は質量が小さくなる分慣性が小さくなるのでレスポンスが良くなる。
 ストロークが短ければ1回転当たりのピストンの移動距離が短くなるのでより高回転に強くなる。
結果スバルの水平対向エンジンはOHVでありながら生まれながらに好レスポンス、高回転の素質があり、排気量を増す毎にそのスポーツ性を高める事になるのである。

Sports sedan-s

SS interiorn-s


スペック-s


 10月には4ドアスポーツセダンのスーパーツーリングが追加発売された。
エンジンはスポーツセダンと同じだが内装はより豪華で、シートの生地もSSのビニールとは異なるファブリックになり、後席にはセンターアームレストも備えていた。
また安全装備も強化され、2系統ブレーキ配管や衝撃を吸収するコラプシブル・ステアリング等が装備されていた。
オプションにはこの頃流行のレザートップも用意されていた。


A12B スーパーツーリング 1

A12B スーパーツーリング 2

A12B スーパーツーリング 3

A12B スーパーツーリング 4

A12B レザートップ

A12B スーパーツーリング 5



 『ff-1』は大衆車の排気量アップ競争の煽りで翌年の7月には更に1300ccとなり、名称も『1300G』と再び改称されて僅か1年数ヶ月の短命モデルでした。

ホンダ145クーペ (HONNDA 145coupe)【CD】




1 CD 表紙

 軽自動車のNシリーズで大成功を納めたホンダが小型車に本格参入した意欲作、HONDA1300は宗一郎氏の想いとは裏腹に市場では全く受け入れられなかった。
二重構造のDDAC(デュオ ダイナミック エア クーリング)一体式二重空冷エンジンは馬力こそ大きかったが、水冷式より外寸が大きく重量も嵩み更に温度制御が難しく強まる排気ガス規制への対応も困難だった。
同じコンポーネントのクーペ7、クーペ9も同様で既に不人気車の代表格になっていた。
 宗一郎氏の
『水冷エンジンは水を空気で冷やすのだから、最初から空気で冷やした方が効率が良い』
と言う持論は技術社員のみならず役員の間にまでも軋轢を生んだが、結局宗一郎氏自身が技術者で有る前に社長だと言う認識を示し、ホンダは急速に水冷化を推し進めた。

 
‘72年11月、ホンダは1300とクーペ7、クーペ9シリーズのエンジンを水冷に換装し排気量に因んで145シリーズと改称した。
新しいエンジンはOHCの半球型燃焼室でバルブ配置はV字型のクロスフロータイプだった。
このエンジンはシビックGLとシリンダーヘッドは共通だが、シリンダーブロックはシビックのアルミ合金にタイして145は鋳鉄製で別の物だった。
ただ補機類は多くの物が共用されていた。

7 CD GLエンジン


この型式なら比較的容易に高出力を絞り出せる設計だが、ホンダはそれまでの高回転、高出力から一変した低速トルクを重視した物だった。
後期型1300の出力は排気量1298ccでクーペ7が95ps/7000rpm・10.5Kgm/4000rpm、クーペ9が110ps/7300rpm・11.5Kgm/5000rpmだったが、145は排気量が1433ccで標準型が80ps/5500rpm・12.0Kgm/3500rpm。最上級のF1にのみ搭載されたホンダ独自の機械式燃料噴射付は90ps/6000rpm・12.5Kgm/4000rpmとおとなしい物になった。

 エンジンの換装に依り重量は40Kgほど減量になり、水冷化に伴ってヒーター等の空調関係は変更を受けた。
デザインも殆どそのままだが、挑戦的なフロントグリルはプレスラインは変えずにヘッドライトが丸形4灯式から角形2灯式に改められ少しおとなしいデザインに変わった。

2 CD GL

3 CD GT

4 CD GL

5 CD GLインテリア

6 CD GLコックピット

8 CD 足回り

 

 大掛かりなてこ入れにも拘わらず145は販売台数が回復する事もなく、‘74年10月に一代限りで生産を終えた。

9 CD 仕様

 今では殆どの国産乗用車やライトバン等で採用されている屋根の左右に黒いモールがある“モヒカンフール”を初めて採用したのは、マイナーチジ前のHONDA1300クーペシリーズだった。
 それまでのボディ構造はドア周りとその前後、及びルーフパネルを別々にプレスして溶接していた。
この頃の国産車はドア周りと屋根をピラー上部で溶接し、フロントガラス両端から始まるドリップモール(雨樋)は巻き上げたルーフパネルの一部でその溶接部分を隠す目的もあった。

 ホンダは車の側面と屋根の一部を一体でプレスし、ルーフパネルとの溶接場所を屋根側に移した。
この結果部品点数及び作業行程が減少しコストダウンと溶接面積の増大により強度が増す効果が得られた。
屋根の左右両端を走る黒いモールはその溶接部分を隠す為とドリップモールの役目を兼ね備えている。


 余談だが、当時の車のドリップモールはCピラー前側でドアのラインに沿って下がるのが一般的だったが、ベレットはそのままリアウインドウまで水平に走らせ、410ブルーバードは更にリアウインドウの上端を通って運転席
側と助手席側が繋がっていた。
 これは継ぎ目を滑らかにするために溶接部を削り強度が低下するのを防ぐ為のものだった。

HONNDA 1300 クーペ9
HONDA1300 クーペ9

ゆっくり走ろう 日産ローレル(DATSUN LAUREL)【C130】


10 C130 表紙


初代ローレルは日産が開発し途中から旧プリンスが引き継ぎ村山工場で生産されたが,'72年4月に発売された2代目C130型は最初から旧プリンスで開発し生産された。
スタッフの多くは3代目ケンとメリーのスカイラインと兼務で、あの櫻井真一郎氏が陣頭指揮を執っていた。
 初代ローレルの項でも書いたが、この時代、日産の車輌型式は10番台が小型乗用車。
20番台が小型商用車で30番台が中型乗用車(5ナンバーの最も大きいサイズ)だった。
ローレルはセドリックと同じ30番台に属し、初代はC30で2代目はC130型。
同じ村山工場で製造されたスカイラインは3代目の箱スカがC10型。
これは3代目の発売が日産に吸収された後で、日産車としては初代になるためだ。
ローレルと同時進行したケンとメリーの型式はC110型。
ここからもローレルとスカイラインの関係が読みとれる。

11 c130 2000SGL

11 C130 2000SGL 室内

12 C130 2000SGL 2

13 C130 2000GL

14 C130 1800Dlx


 初代はバリエーションも少なくパッとしなかったが、2代目は文字通り大きく変わった。
ボディサイズは当時の小型車規格の限界に近くなり、ホイールベースに至ってはセドリックとの差は僅か20mm短いだけだった。
 デザインも大きく変わり、初代のブルーバード510を大きくした様なスタイルから、セダンはケンメリと似た印象のものになった。
ハードトップは全く別のデザインだが、共にCピラーが太くその存在感を主張していた。
ボディサイズが大きくなったのに伴いセダンの1800デラックスにはフロントをベンチシートにした6人乗り仕様も設定された。

 
エンジンはそれまでのプリンス製4気筒のG18型1815ccとG20型1990ccに加え、日産製の6気筒L20型1988ccが加わった。
これはスカイラインの2000GTシリーズやセドリック、グロリアと同じ物だった。
 エンジン出力はグレード毎に細かく設定され、G18はスカイラインと同じ105ps/5600rpm・45.3Kgm/3600rpmのみだが、G20型は110ps/5600rpm・16.5Kgm/22000rpmとツインキャブ仕様で120ps/5800rpm・17.0Kgm/3600rpmが有りこのエンジンはハードトップ2000GX専用となっていた。
 L20型も2機種で、115ps/5600rpm・16.5Kgm/3600rpmとSGX専用の125ps/6000rpm・71.0Kgm/4400rpmの計5機種全てレギュラーガソリン仕様だった。

同じ2000ccで4気筒と6気筒が存在したが、日産は6気筒を単にラグジュアリーなだけではなく出力の点でも優位に置こうとした痕が見える。
G20の出力は110PpsでL20型は115psで共に回転数は5600rpmで5ps高いが、トルクを見ると同じ値の16.5Kgm。その回転数はG18が22000rpmでL20が3600rpm。
 ツインキャブ仕様同士だとG20が120ps/5800rpm・17.0Kgm/3600rpmでL20が125ps/6000rpm・71.0Kgm/4400rpm。
同じく5ps高いがトルクは同じでしかもG型の方が発生回転数は低い。
これを読み解けばG型の基本的なポテンシャルの高さが見えてくる。


 足回りも変わった。
前輪はマクファーソン・ストラットで変わりはないが、後輪はハードトップが先代と同じセミトレーリングアーム/コイルスプリングの四輪独立縣架だが、セダンはリ-フスプリングに依る一体縣に変わった。
ステアリングもスポーティーなピニオン・ラックから操舵力が軽く振動の伝わりにくいボール・ナット式に変更された。
 これはより高級志向を目指すと共にスカイラインとの共通化を図ったものだと思われる。

15 C130 透視図

18 C130 リアサスL

18 KPC130 リアサス

19 C130 バリエーション3

19 C130 仕様



 他に目新しいものとしては国産初のセミコーンシールドワイパーがある。
これはワイパーが停止時にはボンネットに半分隠れるもので、高級感の演出に役立った様だ。
 他にはSGLにはパワーウインドウが標準装備になり、10月には6気筒モデルにオプションとしてパワーステアリングが用意さる等、全体的に豪華さを強調していた。
これだけ立派になるとセドリックが喰われてしまうのではないかと懸念したが、それは要らぬ心配だった。
ユーザーはそのキャラクターの違いを明確に認識し、セドリックは法人需要がメインでローレルはハイオーナーカーとしての地位を確立した。




翌‘73年10月にはマイナーチェンジが行われた。セダンのフロントグリルが縦縞模様に変わり前輪ディスクブレーキが全車に採用されて、最高級グレードとして3ナンバー、2600ccのSGLが加わった。
安全装置としてSGXとSGLのAT仕様に後輪ロック防止装置E.A.Lがオプション設定された。


20 C130

21 C130 2600SGL

22 C130 2000SGL

23 C130 1800GL

24 C130 2000SGX-1

26 C130 CutL

27 C130 1800Dx

30kC130 2600 SGL

31 kC130 2000SGX

32kC130 2000GX

33 KC130 2600SGL 装備

33 KC130 GX

36 kC130 Cut

38 kC130 1800Dlx

39 C130 仕様

39 KPC130 2面図

マツダ ファミリア・プレスト(MAZDA FAMILIA・PRESTO) 【FA3】

FA3 広告



 東洋工業(マツダ)を業界3位にまで押し上げた白いファミリアは‘70年3月に1200シリーズのエンジンをハイカムシャフトOHVから新しい1300cc のOHCに換装し、名称をファミリア・プレスト1300シリーズとした。
 翌4月には1000シリーズも同様に新型OHCエンジンを搭載し、同時にマイナーチェンジを実施したロータリーシリーズ共々全車種がファミリア・プレストに変更された。

 ‘71年9月にたグランドファミリアが登場し、これでファミリアシリーズは自然消滅するものと思われたが’73年9月に車幅を60mm拡幅大する大規模なマイナーチェンジを実施した。
 ‘67年11月の発売から既に6年が経過し、更にグランドファミリアが存在しているにも拘わらず2・4ドアセダンとクーペそれぞれに1000と1300がラインナップされていた。
ただしロータリーシリーズは‘71年9月に登場したサバンナにその座を譲った。

 エンジンとボディ幅の拡大に併せ、フロントグリルはセンター部分が尖ったデザインに変わり、前輪オーバーハングの延長により全長も長くなった。
外のメカニズムは殆ど変更が無く、大衆車のボトムラインにも拘わらず安全合わせガラスも継承された。
大手メーカーならラインナップの下位に下がると目立たない部分でコストダウンを図るものだが、安全は削らないマツダのポリシーは大いに評価されるべきであろう。

 プレストになってからもラインナップ中には発売当初に有った『オリジナル』と同様のグレード『標準車』がリストアップされていた。
これは単なるスタンダードモデルではなく、豊富なオプションを選び自分好みに仕立て上げるというモデルだった。



 この3代目ファミリアは息の長いモデルで、後を継ぐべきはずのグランドファミリアが生産中止になりファミリア・プレストが再びファミリアの名でフルモデルチェンジされるまでの10年もの間販売された。

FA3 s1300GL

FA3 s1300GLフロント
セダン 1300GL

FA3 s1300GLリア
 セダン 1300GL

FA3 s1300LX
セダン 1300LX
FA3 c1000Dx
 セダン 1000Dlx

FA3 s安全装置

Fa3 s装備

FA3 エンジン

FA3 s透視図

FA3 sラインナップ


FA3 c1300GF 2
 クーペ 1300GF

FA3 c1300FX
クーペ 1300Fx

FA3 c1000Dx
 クーペ 1000Dlx

FA3 cインパネ
 クーペ 1300GF

FA3 c1300GF 室内
 クーペ 1300GF

FA3 cラインナップ

FA3 c標準車

FA3 s諸元

FA3 s4面図

グローバルカー GM Tカー (GM T-car)

 1970年代に発表されたGMのグローバルカー(世界戦略車)で、基本的に同じ車を世界中で製造販売して生産の効率化を図る事を目的とされた。
開発の主体は西ドイツのアダム・オペルで、ジュネーブシューで新型カデットとして発表されたが、発売はブラジルGMのシェベットとして世に出た。
 ホイールベースは2395mmが基本になっているが、各国の事情に合わせ各種仕様がある。
またエンジンも各種存在する。
ここに掲載したのは世界中で販売された主なTカーであるが、他にアルゼンチンや韓国他でも販売された。


 西ドイツ アダム・オペル 【 ADAM OPEL 】

‘73年8月 販売開始

 オペル カデット

1000cc 48Ps 1200cc 52Psと60Psの3機種

Opel カデット 74


 カデット 1200S(‘73年型)
全長4182mm 全幅1573mm 全高1405mm ホイールベース2416mm トレッド前1254mm 後1278mm タイヤ165S-13 
最小回転半径5.3m 重量790Kg
エンジン 直列4気筒 OHV 内径79mm×行程61mm 1196cc 60Ps/5400rpm 9.0Kgm/3400rpm
前輪 ダブルウイッシュボーン・コイル 後輪トルクチューブ付3リンク 


Opel カデット シティ 'F77.

 カデット シティ(‘77年型)
全長3893mm 全幅1570mm 全高1380mm ホイールベース2395mm トレッド前1300mm 後1299mm 重量795Kg
エンジン 直列4気筒 OHV 内径72mm×行程61mm 1000cc 40Ps/5400rpm 7Kgm/3000rpm 
全長mm ホイールベース2395mm
エンジン 直列4気筒 OH 内径mm×行程mm cc Ps/00rpm Kgm/00rpm前輪 ダブルウイッシュボーン・コイル 後輪トルクチューブ付3リンク 


Opel カデット・アエロ gen

Opel カデット・アエロ '77

カデット アエロ (‘76年型)
デザインはシュツットガルトのバウアー社、ジュネーブショーで発表


Opel カデット GT E '77

 カデット GT/E(‘77年型)
エンジンはマンタSRと同じOHC 1.9l インジェクション
全長4124mm 全幅1570mm 全高1340mm ホイールベース2395mm トレッド前1304mm 後1300mm 重量915Kg
エンジン 直列4気筒 OHC 内径93mm×行程69.8mm 1897cc 105Ps/5400rpm 15.2Kgm/4000rpm
 105Ps/00rpm 
前輪 ダブルウイッシュボーン・コイル 後輪トルクチューブ付3リンク 
タイヤ 175/70 SR-13

 
 ブラジル GMブラジル 【 GM BRASIL 】

‘73年4月販売開始 カデットより半年早い
シボレー シェベット
エンジンはブラジル独自の物。

Brs GM シェベット


全長4125mm 全幅1570mm 全高1323mm ホイールベース2395mm 重量820Kg
エンジン 直列4気筒 OHC 内径82mm×行程66.2mm 1398cc 60HP/5400rpm 
9.2Kgm/5400rpm
前輪 ダブルウイッシュボーン・コイル 後輪トルクチューブ付3リンク

Brs GM シェベットエンベーモ 77
シボレー シェベット・エンベーモ(‘77年型)
全長4125mm 全幅mm 全高mm ホイールベース2395mm トレッド前mm 後mm 重量835Kg
エンジン 直列4気筒 OHC 内径82mm×行程66.2mm  1398cc 90Ps/5800rpm -Kgm/00rpm
前輪 ダブルウイッシュボーン・コイル 後輪トルクチューブ付3リンク



イギリス ヴォクスホール 【 VAUXHALL 】

‘75年5月販売開始

Vauxhall シェベット T-Ⅱ 75Gen
ヴォクスホール シェベット(‘75年 ジュネーブショー出展車)
全長3940mm 全幅1580mm 全高1310mm ホイールベース2390mm トレッド前1300mm 後1300mm 重量Kg
エンジン 直列4気筒 OHV 内径81mm×行程61mm 1256cc 59Ps/5600rpm 9.4Kgm/2600rpm
前輪 ダブルウイッシュボーン・コイル 後輪トルクチューブ付3リンク 
タイヤ 155SR-13




 オーストラリア GMホールデン 【 GM HOLDEN 】

‘75年3月販売開始
ホールデン ジェミニ

Hol ジェミニ
いすゞジェミニの輸出仕様


アメリカ GM 【 GM・CHEVROLTE 】

‘76年販売開始

Cvl シェベット 77
シボレー シェベット2ドアハッチバック(‘77年型)
全長4031mm 全幅1570mm 全高1328mm ホイールベース2395mm トレッド前1300mm 後1300mm 重量917Kg
エンジン 直列4気筒 OHC 内径82mm×行程66.3mm 1393cc 57Ps/5200rpm 9.7Kgm/3600rpm
前輪 ダブルウイッシュボーン・コイル 後輪トルクチューブ付3リンク

Cvlシェベット 80
シボレー シェベット4ドアハッチバック(‘80年型)
全長4196mm 全幅1570mm 全高1328mm ホイールベース2471mm トレッド前1300mm 後1300mm 重量917Kg
エンジン 直列4気筒 OHC 内径82mm×行程75.7mm 1599cc 74HP/5200rpm 12.1Kgm/2400rpm


  カナダ GMカナダ 【 GM CANADA 】
 
 販売開始年 不明

t GM Ca ポンティアック カナディアン
ポンティアック アカディアン 5ドア(3ドア)ハッチバック (‘80年型)

全長4196(4196)mm 全幅1570mm 全高1329mm ホイールベース2471((2394)mm トレッド前1300mm 後1300mm 重量960Kg
エンジン 直列4気筒 OHV 内径82mm×行程75.7mm 1599cc 70HP/5200rpm 11.3Kgm/24rpm
前輪 ダブルウイッシュボーン・コイル 後輪トルクチューブ付3リンク


 参考図書
三栄書房 モーターファン '74 '77 '80 世界オートレビュウ
二弦社  CARグラフィック別冊 1980年の乗用車
日刊自動車新聞社 新車アルバム ’75 ‘77

初代 いすゞ ジェミニ(ISUZU Gemini) 【PF50】

pf50


‘74年11月に販売開始したジェミニは当初『ベレット・ジェミニ』を名乗っていた。
‘60年代半ばには好調なトラックやバス等大型商用車にひきかえ117クーペやフローリアン、1963年11月から‘73年10月までの10年間いすゞの看板を支えてきたベレット等の乗用車は基本設計が古く、既に競争力を失い経営の足を引っ張っていた。
かつてはトヨタ、日産と並び『御三家』と言われたいすゞだが、最早その栄光の影もなく1971年にはGMとの資本提携に踏み切った。

乗用車部門の再生を目指すべく投入されたのは同じGMグループの西ドイツ、アダム・オペルが中心になって開発したグローバルカー『Tカー』にエンジンとトランスミッションはベレットの改良型でいすゞ製だったが、外見はオペルのカデットとそっくりの物だった。
試乗会で現車を見て最初に驚いたのはドアのデザイン。
当時の国産車はドアパネルとサッシュ(窓枠)は別々に造られ溶接していたが、ジェミニ(Tカー)は一体で形成され、異様にサッシが太く見えた事であった。
現在では当たり前の事ではあるが、当時は4ドアハードトップだとかクーペのみならずセダンでもサッシュレスドアが流行していた時代で、普通のセダンでもサッシュを黒塗りするなどして出来るだけ目立たないデザインが主流だった。

pf50 CTY

pf50 セダン Lt

pf50 セダン Ls

pf50 セダン LD

pf50 クーペLs

pf50 クーペLs1

pf50 クーペ LT.

pf50 クーペLD

pf50 コクピット

pf50 int



 また、リアサスペンションも国産車では見た事もない物で、4リンク+ラティラルロッドならトヨタのカリーナやセリカ、マツダ カペラ、三菱 ミニカ等が採用していたが、リンク3リンク+トルクチューブは非常に珍しい物だった。

pf50 f-sus

pf50 r-sus



 外見はカデットそのものだったが、エンジンはベレットのG161の改良型の1600ccを搭載していた。
本来カデットはヨーロッパのCセグメントに属するサイズで、当時の日本に当てはめればカローラや日産のサニー、マツダのグランド・ファミリア等がライバルに当たる訳だが、ベレットの後継車の意味合いも有りそれらより若干上のクラスとして扱われた。

 翌‘75年4月に安全対策に伴う改良の際、ベレットの名が外され単にいすゞジェミニが正式名称になった。
同年12月に51年排気ガス規制に適合するI・CASを搭載。
これは最も一般的な酸化触媒方式でGMからの技術供与に依るものだった。
翌76年5月にはセダンとクーペのLSに5速ミッションを搭載した。
このカタログはその時の物である。

i・cas

pf50 spc

fpf50 ig セダン

pf50 fig クーペ

三菱 コルト800・1000F・11(MITSUBISHI COLT 800・1000F・11)【A82】

コルト800・1000F・11-F (COLT 800・1000F・11)【A82】

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コルト800

 三菱重工のコルトシリーズには4つの系譜がある。
1つは国民車構想に沿って新三菱重工業名古屋製作所で開発され、'60年4月に発売されたコルト500から始まる空冷2サイクル・リアエンジンのシリーズ。
 2つ目は名古屋および京都製作所で開発製造され'63年6月に発売されたコルト1000・1500の3ボックスセダン。これは後に1000は1100、1200と排気量アップに伴い車名を変更して行き、1970年にクライスラーと資本提携により発足した三菱自動車のヒット作コルトギャランへと続くものである。
 3つ目の系譜は同じ三菱重工ではあるが岡山の水島制作所で開発製造されたファストバックのコルト800から始まるシリーズがある。
 そして4つ目は当時大株主だったダイムラー・クライスラーと共同開発した通称ZカーのFFコンパクト。


 今回紹介するのは3番目のシリーズです。
コルト800が発売されたのは1966年11月。
軽自動車より1クラス上のトヨタのパブリカやマツダ・ファミリア、ダイハツ・コンパーノ、スズキ・フロンテ800等がひしめくクラスだった。
これらのライバルに比べて特徴的だったのは先ずそのスタイル。
他車はノッチバックの3ボックスで、小型車のサイズを小さくしたものだったが、コルト800は国産では珍しいファストバックスタイルだった。
ただしその外見から想像される様なハッチバックではなく、当初のモデルは2ドアでトランクリッドを備えていた。

エンジンも特徴的で水冷2サイクル3気筒だった。
ライバルの多くは水冷4気筒を採用しており、パブリカだけは空冷の水平対向2気筒だった。
 2サイクル3気筒は4サイクル4気筒に比べコンパクトで構造的にもシンプルでコストの面では有利だったと考えられる。

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800 2Dr Dx   
  8002ドアデラックス

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コルト800Dx 仕様
全長3650mm 全幅1450mm 全高1390mm ホイールベース2200mm 
最低地上高165mm 重量735Kg 
エンジン型式3G8 水冷2サイクル直列3気筒 ボア70mm×ストローク64mm 843cc 
45Ps/4500rpm・8.3Kgm/3000rpm 価格50.7万円
前輪 独立 ダブルウイシュボー コイル 後輪 一体縣架 半楕円リーフ




コルト1000F

 発売からほぼ1年後の’66年9月、消費者の上級指向に合わせコルトも
一般的な4サイクル4気筒1000ccエンジンを搭載したモデルを追加発売した。
 このエンジンは名古屋・京都グループのコルト1000からの流用で、馬力は45Psから55Psにアップされたが、トルクは逆に4サイクル化により0.8Kgm低くなった。
ミッションも同様にコルト1000から移植されたが最終減速比は車重に合わせて4.875から4.625と若干高めに設定された。
 なお車名はコルト1000と区別するためにファストバックのFを付けてコルト1000Fとなった。

1000F r
  100F 2ドア


 ‘67年12月にハッチバックの3ドアドアシリーズが追加された。
外見上はリア周りを見なければ殆ど区別が着かないが、全長、全幅は変わらず全高だけが10mm下がり重量は25Kg増の770Kgだった。
こ後は次第に3ドアがメインモデルになり2ドアは縮小されていった。

1000F 3Dr Dx 広告

1000F 3Dr Spty Dx
  100F 3ドア スポーティデラックス

1000F 3Dr Spty Dx
  100F 3ドア スポーティデラックス

  

コルト 1000F 3ドアデラックス
全長3650mm 全幅1450mm 全高1380mm ホイールベース2200mm 
最低地上高165mm 重量770Kg 
エンジン型式KE43 水冷OHV直列4気筒 ボア72mm×ストローク60mm 977cc 
55Ps/6000rpm・7.5Kgm/3800rpm 価格47.3万円


コルト1000F・1100F

‘68年8月のマイナーチェンジでフロントマスクはブラックアウトに3本のラインのスポーティなデザインに変わった。
同時に800シリーズは廃止され、スポーツバージョンの1100Fシリーズがラインナップされた。
 同年11月には3ドアにより高性能なスーパースポーツが追加された。

1000F 3Dr SS
  1000F 3ドアスポーティデラックス


三菱はこのころからモータースポーツに熱心で、F2やラリー等に参戦していた。
この写真は1967年第2回 サザンクロスラリーで総合4位に輝いた1000Fです。

1000F Stc R



コルト 1100F 3ドアデラックス

全長3740mm 全幅1450mm 全高1385mm ホイールベース2200mm 
最低地上高165mm 重量Kg 
エンジン型式KE44 水冷OHV直列4気筒 ボア73mm×ストローク65mm 1088cc
58Ps/6000rpm・8.2Kgm/3800rpm



コルト11F【A82】

‘69年5月、マイナーチェンジで全車1100ccに一本化され、外見上は大きな変更も無いまま名称をコルト1100からコルト11-F(イレブンF)へと改称した。

 そして三菱自動車工業の発足も迫った‘69年11月、コルトFシリーズはモデル末期のも拘わらず大幅なマイナーチェンジを実施した。
2ドアは2枚分割だったリアサイドウインドウを一体化し、Cピラーを太くして装飾パネルも追加された。
 この最終型は大幅な設計変更を行ったが基本設計の古さは隠せず、ギャランの発売開始に伴い消滅した。

11 2Dr cut
 11-F 2ドア カスタム

11 3Dr cut
  11-F 3ドアカスタム

11 4Dr cut
  11-F 4ドア カスタム

11 広告 


コルト 11-F 2ドアスーパースポーツ(A82MSS)

全長3740mm 全幅1450mm 全高1385mm ホイールベース2200mm 
最低地上高165mm 重量755Kg 
エンジン型式KE44 水冷OHV直列4気筒 ボア73mm×ストローク65mm 1088cc
73Ps/3000rpm・9.0gm/4500rpm


 参考図書
三栄書房 モーターファン '70世界オートレビュウ
二弦社  CARグラフィック 昭和44年12月号

※2013年6月18日 修正加筆

初代 日産 バイオレット(DATSUN Violet) 【710・711】

Let’s Begin  さあ始めよう バイオレット

710 HTsss
  ハードトップ 1600SSS

1973年の1月、勇ましいCMと供に登場したバイオレットの車両型式は710。
実質的な510型ブルーバード後継車だった。
ブルーバード史上最大のヒットとなった510型の後を継いだのは610型ブルーバードUだったが、その後も510はグレードを整理して継続販売され、大任を任されたブルーバードUは先代の様なヒット作にはなれなかった。

 大きくなり過ぎたブルーバードUとサニーの隙間を埋めるべく発売された新型車は、全長は510そのままに全幅とホイールベースを拡大したがマントを羽織った様なスタイルにあれほど支持された510の面影はなく、メカもキャリーオーバーどころか素人目にもコストダウンが目立っていた。
510のウリだった四輪独立サスペンションは最上級グレードのSSSにこそ受け継がれたが、ほかのグレードは時代を逆行する様な板バネで内装もプラスチック感丸出しだった。
 ライバルのカリーナは四輪独立縣架では無いが後輪は4リンク・ラティラルロッドで乗り心地の良いコイルスプリングを採用し『足のいいやつ』を標榜し、新型コロナは可もなく不可もないスタイルだが室内は明るく広そうで、やや高級感を醸し出していた。

710 4Dr 1400GL
  4ドア 1400GL


710 2Dr 1400Dx
2ドア 1400デラックス

710 2Dr 1400Std
  2ドア 1400スタンダード

710 1600sss cok
  1600 SSS

710 HT1600GL
  ハードトップ 1600GL

710 HT 1400DX
  ハードトップ 1400デラックス

710 sss-E 透視図
  ハードトップ 1600SSS-E

710 eng
  

710 sus

710 spc.


710 広告



 モデル半ばの1976年2月、51年排気ガス規制適合に併せてセダンの大幅なマイナーチェンジを実施し、セダンは2ドアモデルは廃止になり4ドアのみの設定になった。
ルーフを伸ばしCビラーを立てリアドアのグラスエリアを大きくして居住性を向上させたがフロント部分はそのままだったのでアンバランス感は否めなかった。

 この年代は排気ガス規制が厳しくなり、各社ともその対応に追われマンパワーも幾ら有っても足りない時代。
独断と偏見ではあるがこの時期、日産は迷走していた様に思える。
510に代表される日本人好みのスッキリしたデザインとプリンスとの統合で大きく進歩した技術を全面に出す戦略を忘れて、見た目の豪華さとコストダウンに走っていたのでは?
トヨタを追いつつも何とか独自の方向性を模索していた様な。
230型セドリックは定規で線を引いた様なデザインから曲線美を上手い具合に融合させていたと思うが、ブルーバードUではゴージャスを強調しすぎ、バイオレットは更に混迷を深めたデザインではなかったのだろうか・・・・
等と勝手に思い込んでいます。

711 4dr SSS-E
  4ドア 1600SSS-E
リアドアグラスエリア及びCピラーが大幅に変更された

711 4Dr GL

711 4Dr Dx

711 sss-E int
 セダン 1600SSS-E
  
711 SSS-E-L
  ハードトップ1600SSS-E-L

711 HT GL

711 NAPS.

11 L16E

711 spc





Appendix

プロフィール

藤 重行

Author:藤 重行
 1952年生まれのオヤジが好き勝手に書いてるブログです。
現代の若者達は車など興味が無い子が多いと聞く。
でも旧車会を覗いてみれば団塊ジュニアが、自分とそう変わらない歳の車に夢中になっている姿をよく見かけます。

 '70年代は日本が高度成長して日本が自信を取り戻したいた時代、そして国産車が輝いていた時代だと思います。
そんなキラ星の如く輝いた個性豊かで魅力的な車達を独断と偏見で紹介しています。

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